ライトノベル化する中国文学?

ユリイカ2008年3月号 特集=新しい世界文学

ユリイカ2008年3月号 特集=新しい世界文学

 『ユリイカ』2008年3月号は世界文学の特集でして、その中の中国文学についての論稿「チャイニーズ・イノセンス 郭敬明現象が語るもの」(福嶋亮大)では、《日本化》する中国の若者文学という切り口から中国における文学事情が語られています。

 二〇〇六年から〇七年の中国では、文学の《日本化》が急速に表面化した。ここで《日本化》というのは、具体的には日本の「ACG」(アニメ、コミック、ゲームの略。中国語圏でよく使われる語)に大きな影響を受けた作品群の流行を指している。日本の読者にわかりやすく言えば、それはさしあたり「文学のライトノベル化」と言い換えてもかまわない。
(『ユリイカ』2008年3月号p212より)

 という出だしで始まる本稿は、中国の(特に若者の)文学市場に広がるライトノベル的な感覚というものを踏まえつつ、それだけでは整理しきれない問題として、郭敬明という作家を中心に見ることで現在の中国の文学事情というものを説明しています(詳細についてはは本稿をお読みください)。
 私は中国の文学事情にはとんと疎いので、中国文学でライトノベル化が進んでいるといわれれば「へぇー」と頷くより他ありません。もっとも、少し前に涼宮ハルビンなるものが話題になったこともありますし、こうした例からして、中国文学のライトノベル化という話もそれなりに説得力があると思います。
 現在、日本と中国の関係は複雑です。ここは政治系サイトじゃないので深入りは避けますが、それでも反日感情を始めにあんな問題やこんな問題があったりしていろいろとめんどくさいです。そうした問題について中国当局が巧みな情報操作を行っているという話はよく聞きます。その反面、政治や経済と関係ない「ACG」の分野では、中国では知的財産権の観念が著しく希薄なこともあってネットなどを通じてあっという間に広まっていったというのもイメージとしては納得しやすいです。ライトノベルとは何か? という定義論は難解を極めますが、確実に言えることとして”若者向けの小説”という要素はあります*1。そして、いつだって新しいものを好むのは若者です。日本の若者向けの小説・文化が中国の若者にも受け入れられているのだとすれば、著作権の問題は別にして*2、喜ばしいことだと思います。
 逆に、日本における中国文学に目を向けてみますと、面白い現象が見て取れます。金庸、梁羽生とともに「武侠小説三大作家」として知られる古龍の作品がライトノベルとして刊行されているのです。

マーベラス・ツインズ (1)謎の宝の地図 (GAMECITY文庫)

マーベラス・ツインズ (1)謎の宝の地図 (GAMECITY文庫)

 『マーベラス・ツインズ(原題:絶代双驕)』は、訳者あとがきによれば「いつかはわからないけど昔々の中国」を舞台とした武侠小説です。武侠小説とは何か? についてはWikipediaでも参考になさってください(汗)。私も興味が沸いたのでとりあえず読んでみたのですが、私の知る限りで無理にたとえると山田風太郎忍法帖シリーズのような伝奇ものがイメージとしては近しいでしょうか。1巻だけなので何ともいえないところはありますが*3、物語のスケールと世界の広さがいかにも中国らしいと思いました*4
 ライトノベルがキーワードとなって日本と中国の文学の交流が今後進んでいくのだとしたら、それはとても面白いことだと思います。
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*1:例えば、ハードカバー版『塩の街』(電撃文庫版とは微妙に内容が異なる)のあとがきでは、大人向けを志向する作者・有川浩と若者向けを志向する編集者側との間で行われたやりとりがぶっちゃけられていてとても興味深いです。また『ユリイカ』2008年3月号掲載の鼎談でライトノベルについて訊ねられた桜庭一樹は「私はジャンルを意識して書いてますね。「中高生向けに書いてくれ」と最初に言われまして、それでエンターテインメントでさえあれば何でもいいということだったので」(p42より)と答えています。

*2:これはとても困った問題ですが。

*3:2巻は2008年3月22日刊行予定。

*4:もっとも、古龍は香港生まれの台湾育ちの作家なので、中国語圏の作家として扱った方が無難なのかもしれませんが