『“文学少女”見習いの、初戀。』(野村美月/ファミ通文庫)

 本編は終了しましたが、まさかの劇場アニメ化も決定したりして、”文学少女”シリーズますます拡がりを見せています。本書は、そんな”文学少女”シリーズ本編のその後を描いた外伝です。
 外伝1巻では、天野遠子が卒業して文芸部の部長になった井上心葉が主人公、ではありません。高校入学前に心葉に一目ぼれして勢いで文芸部に入部した文学初心者・日坂菜乃を主人公とした、もうひとつの”文学少女”の物語です。本編のその後については、大まかな流れは『神に臨む作家』のエピローグで述べられています。なので、それらについて具体的に補足しつつ”文学少女”見習いの菜乃の成長が描かれていくシリーズになるものと思われます。
 本書の元ネタは近松門左衛門の『曾根崎心中』です。実話を事件発生からわずか一ヶ月で上演されて、「心中もの」のブームを作り上げると同時に、実際の心中までブームになってしまい幕府から上演の禁止や心中した者の葬儀を禁止するなどの措置が採られたといういわくつきの作品です(参考:曽根崎心中 - Wikipedia)。
 心葉が井上ミウとして『青空に似ている』でデビューして、しかしその後小説を書くのをやめたのは、ひとつには朝倉美羽を傷つけてしまったという思いがあったからです。そのことについては文字通り色々あって(苦笑)、乗り越えることができました。ですが、作家としてデビューしたことによって心葉が苦しんだのはそれだけではありません。自らの書いた作品が読者の心理や社会に与える影響。そうしたものが回りまわって自らへと波及することへのプレッシャーも、心葉が小説を書くことを断念した理由でした。心中ものとしてのブームを巻き起こしてしまった『曾根崎心中』を元ネタとしたことは、心葉の作家としての覚悟を試す狙いがあるものと思われます。
 『このライトノベルがすごい! SIDE-B』(宝島社)には野村美月のインタビューが収録されていますが、その冒頭でこんなことが言われています。

「心葉がななせとくっつくのか、遠子とくっつくのか気にする人がすごく多くて。でも、絶対どちらかはふられるわけじゃないですか。中には『こっちとくっついたら本を捨てます』なんて言う人もいて、『お願いそれはやめて』と(笑)」
 困った野村さんは、どうするのがいいか知人に相談したという。だが、返ってきた答えは皆同じだった。
「『片方死ぬしかない』って(笑)。ひとりが亡くなってしまえば、こっちは美しい思い出、こっちは現実に付き合う相手、という区別がつくから、誰にも文句を言わずにきれいに収まるんだそうです」
(『このライトノベルがすごい! SIDE-B』p45より)

 確かに、三角関係のお話で片方が死ぬ(場合によっては心中や全滅も)パターンのお話には心当たりがたくさんあります(笑)。ですが、実際にはそんな簡単に死なれては困りますし、それでいいはずもありません。上記インタビューでは冗談交じりに語ってはいますが、それを創作テーマとして選んで真正面から取り組んだ物語が本書であるともいえるでしょう。
 本書はあくまで本編終了後の外伝です。なので、心葉の言動にはそこかしこに遠子先輩との思い出を懐かしむ描写と喪失感があります。また、本書の構成自体もシリーズ第1巻『死にたがりの道化』を思わせるものがあります。特に解決編での心葉と菜乃が務める役割には、1巻での遠子と心葉のそれとかなりシンクロします。サヨナラの前に繰り返す言葉。サヨナラの後に繰り返される物語。
 遠子先輩が卒業して文学初心者の菜乃が入部したため、文学ネタの薀蓄は少々控えめではありますが、菜乃と心葉のどっちがサドだかマゾだか分からないちぐはぐなようで成立している会話と関係性は読んでて楽しいです。シリーズ終了後の外伝を蛇足と考えて敬遠されている方もおられるかもしれませんが、クオリティは全然落ちていません。なので、シリーズのファンであれば強くオススメの一冊です。
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このライトノベルがすごい! SIDE-B

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