『リフレイン』(沢村凛/角川文庫)

「彼らは人命を絶対的に重んじているんだ。彼らは『人の命を奪う』という行為をいっさいの例外なしに許さないんだ。殺意の有無とか状況とか関わりなしにね。メリエラの刑法じゃ、正当防衛も、過失致死も、自殺もみな重大な『殺人』という犯罪になるんだよ」
(本書p170より)

 本書は二部構成になっています。まず第一部「I イフゲニア」では、一隻の宇宙船が無人の惑星に不時着したことによって、生き残った231人がいかにして救援が来るその日まで生き残るのかというサバイバルな生活が繰り広げられます。『ロビンソン・クルーソー』や『十五少年漂流記』、『蝿の王』といった「孤島漂着もの」の未来版といえます。未来が舞台で、しかも生き残った者の多くが知識人であったこと、さらにその人数が231人と他の「孤島漂着もの」よりも大人数であることが、本書の大きな特徴です。
 最初は居・食・住といった人間が生活していく上で重要かつ基本的な事柄が第一に優先されますが、そうした問題についてとりあえずの解決の目処が立った時点で、「国づくり」が行われます。グループ全体の意思決定の方法(議決機関は国会としつつ、重要な問題については15日ごとに開かれる全員による会議によって決定)と、執政官1名と副執政官男女1名ずつとされた首脳陣の決定。食料省、建築省、治安省、厚生省、物資省といった機構を置くこと。さらに財産制度については共産制を基本とすることなど。頭脳労働者が中心のグループであり、さらに母星ではどんなにエリートであっても巨大すぎる社会の歯車のひとつでしかなかった彼らが、ここでは新しい国を一から作り、自身の役割と仕事の成果を直に実感することができます。そうした体験をわくわくしながら楽しむことで、彼らは漂流生活を乗り切ろうとします。
 とはいえ、誰も彼もがそうした集団生活に馴染めるわけではありません。漂着生活の最初期からリーダーシップをとって一目を置かれ、執政官に任命された弁護士出身のラビル。彼は母星ではきわめて優秀な弁護士ですが、イフゲニア(彼らが名付けた「国」の名前)の執政官としても優れた能力を発揮します。そんなイフゲニアですが、日にちが経つにつれ、イフゲニアは「生き残る」というひとつの目標のために一致して働くゲマインシャフト的集団から、様々な思惑や不満、利害の対立をはらんだゲゼルシャフト的集団へと徐々に変貌していきます。私怨や私利私欲、不満やストレスといったものが対立の火種となって、ついにはイフゲニアからの離脱を望む者たちも現れるようになります。そうした対立はやがて社会的脅威として具体的な被害をもたらし、そしてついには「処刑」が行われることに……。本書は第一部だけでもこれだけの読み応えがあります。
 ですが、本書が真価を発揮するのは第二部「Ⅱ メリエラ」です。大抵の「孤島漂着もの」の多くが、孤島から生還(あるいは全滅)がゴールとされるわけですが、本書では、その後においてきわめて厄介な問題が提起されることになります。すなわち、イフゲニアで行われた「処刑」の正当性です。すなわち、国家の名の下に行われた殺人、すなわち死刑制度の是非について、それを肯定する者は肯定する理由を、否定する者は否定する理由を述べることになります。ですが、冒頭で引用したように、裁判が行われる星であるメリエラにおいては、殺人行為即犯罪行為とされています。そのため、法律ものとしては、あまり読み応えはありません。死刑を肯定する側は死刑を肯定する理由を述べて、それを否定する側は否定する理由を述べて、でもメリエラの法律ではこうなっているから結論は……。といった感じで、議論も何もあったものではなく、両者の主張はひたすら平行線のまま裁判は進んでいきます。
 なるほど。確かに、いかなる例外も認めることなく殺人行為を否定するメリエラの法律は、倫理的には否定し難いものがあります。ですが、「不殺」を訴える主人公が活躍するお話、例えば『るろうに剣心』や『トライガン』、あるいは『ガンダムSEED』といったお話での主人公の行動に対して、作中で疑問や反感を抱く登場人物もいます。また、「一人の生命は、全地球より重い」といいながら死刑判決を下したのが日本の裁判所だったりします(最高裁昭和23年3月12日大法廷の死刑判決)。そうした作品などに触れたときのモヤモヤした気持ちが、本書は実に巧みな構成(「リフレイン」)と、被告人の真面目かつ捻くれた性格に仮託することによって表現されています。割り切れないものを無理に割り切ることなく、無味乾燥な法律論ではなく人間ドラマとして描かれています。そこが本書の面白さです。第一部では生きる意味が問われ、第二部では殺す意味が問われます。ですが、もちろん両者は表裏一体です。
 国家間での意見の食い違いとか、あるいは刑事裁判における量刑の厳罰化が議論されている昨今において、本書はきわめて現代的なテーマを含んだ興味深い作品だといえます。多くの方にオススメしたい一冊です。