『午後からはワニ日和』(似鳥鶏/文春文庫)

午後からはワニ日和 (文春文庫)

午後からはワニ日和 (文春文庫)

「……動物園の役割、って、何だと思いますか」
(本書p120より)

「楓ヶ丘動物園飼育係御中 イリエワニ一頭を頂戴しました。 怪盗ソロモン」。そんな書置きを残して、何者かによって凶暴なクロコダイルが盗まれるという事件が発生。さらに続いてミニブタまでも盗まれて。いったい誰が何のために? 飼育係の桃本は、獣医の鴇先生や動物園のアイドル七森さんたちと事件の解明に乗り出すが……といったお話です。
 イリエワニという凶暴なクロコダイルが盗まれた、というのは殺人事件ではありませんがミステリで扱う謎としては十分なインパクトです。その方法の不思議さ(ハウダニット)もさることながら、そんなものを盗んでどうするのか?いったい何のために盗んだのか?というホワイダニットのテーマから、そもそも動物園とは何なのか、という動物園の意義がテーマとして浮かび上がることになります。
 何ゆえイリエワニやミニブタといった動物を盗んだのか、といった問題は、動物園だけでなく私たちにとって、あるいは社会にとって動物がどのような存在として認識されて規定されているのかというところにまで深く関わっています。そんな法律的な点まで押さえられている作品です。
 そんな動物と人との関係もさることながら、本書の面白さは動物園の職員たちの魅力的なキャラクタと掛け合いにあります。動物盗難事件という非日常的な出来事によって、かえって強調されることになる日常。飼育員の行動パターンや動物園のスケジュールといった「動物園の日常」が事件の真相に深く関わってきます。動物園という一般には馴染みのない舞台裏の日常というのはそれ自体がひとつの謎で、そんな興味深い謎が個性的なキャラクタたちの言動を通じて、ユーモラスながらも現場の大変さと緊張感といったものも含めて読者に伝えてくれます。動物が好きでなければできない仕事ですが、一方で、そんな単純な理由と割り切りだけで務められるものでもありません。
 イリエワニという個体の恐怖もさることながら、他の動物もむやみに近づくのは危険ですし、そうした動物が脱走したら周囲に被害が及ぶ可能性があります。そういう意味で、動物園には潜在的な危険性があります。しかしながら、月並みですが、やっぱり一番怖いのは、人間という動物です。そして、一番面白い動物も、やっぱり人間なのだと思います。創元推理文庫『理由あって冬に出る』から始まる学園ミステリシリーズを既読の方はもとより、そうでない方でも楽しめる、読み口はライトながらも読み応え十分な一冊です。オススメです。