『”文学少女”と恋する挿話集 1』(野村美月/ファミ通文庫)

“文学少女”と恋する挿話集 1 (ファミ通文庫)

“文学少女”と恋する挿話集 1 (ファミ通文庫)

 本編がめでたく大団円を迎えた”文学少女”シリーズの短編集です。ファミ通文庫◆FB Online◆などに掲載されていた作品の他に書き下ろし作が加えられています。本編の作品は導入こそコミカルでも内容的には重いものばかりでした。それをカバーする意図もあるのでしょうが、本短編集では一作一作の長さに見合った手軽さで”文学少女”シリーズの日常が描かれています。
 またシリーズ本編は心葉視点からの一人称描写で描かれていて、その中に手記や日記といった作中作形式で他のキャラクタの心情が描かれるという手法が採用されていました。そんな本編とは違い、本書では他のキャラクタからの視点で描かれている作品も多数あります。そのため、いつもとは違った視点から”文学少女”の世界を見ることができます。

文学少女”と恋する牛魔王

 牛園たくみというバリバリの体育会系人間の視点から見た”文学少女天野遠子と井上心葉の二人の文芸部員の姿。普段心葉が当たり前のように書かされている三題噺ですが、普通に考えればやっぱり難しいですよね(笑)。ネタ本は一応ツルゲーネフの『はつ恋』ですが、ロシア文学の読み難さについては個人的にまったくの同感です(苦笑)。

文学少女”と革命する労働者

 ネタ本は小林多喜二の『蟹工船』(青空文庫:『蟹工船』)。『蟹工船』はいわずと知れたプロレタリア文学の傑作で、そこで描かれているのは”人物”というよりは”労働者”なわけですが、本作でもそのひそみに倣ってか、”文芸部”というものが描かれています(一応)。ってか、出オチの遠子による腐女子トークがすべてだと思います(笑)。

文学少女”と病がちの乙女

 今井果歩という遠子のクラスメートの視点から語れられる”文学少女”のお話。本書のタイトルそのままのまっすぐな”恋する挿話”です。文芸部を離れても”文学少女”は”文学少女”だということがよく分かります。

無口な王子と歩き下手の人魚

 朝倉美羽の視点で語られる、三年生に進級した美羽と芥川のお話。本編の途中までは怖さばかりが際立っていましたが、本編のエピソードが収束した後ではその裏返しである脆さをどのように克服していくかが課題となったキャラクタでした。本作ではそんな美羽の姿が、芥川という不幸が似合う献身的なキャラクタの存在もあって、ごく自然に描かれているところが非常に好感が持てます。本書の白眉です。

文学少女”と扉のこちらの姫

 姫倉麻貴と天野遠子の出会いの物語。ネタ本になっているのは『夏の扉』です。SFと”文学少女”の世界は一見するとミスマッチのようにも思いましたが、ラストの麻貴の述懐には時を越えた雰囲気があっていいですね。

文学少女”と浮気な預言者

 櫻井流人視点からのお話で、本編では不透明だった流人と麻貴の関係がフォローされていますが、それにしても、一人称視点で描かれる流人の姿というのは確かに情けないですね(笑)。
 様々な視点から”文学少女”の物語が語られていますが、短編の合間に挿話されている「今日のおやつ」で描かれているのは、物語の本線である遠子と心葉の絆です。本編は終ってしまいましたが、”文学少女”ファンなら必読です。
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