『南極点のピアピア動画』(野尻抱介/ハヤカワ文庫)

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

「なんでも。小隅レイはどんなジャンルでも歌う。鉄道の発車メロディや、古紙回収のアナウンス、超音波でコウモリを撹乱する実験だってこなしてきた。だが宇宙にだけは行ってない。ここんところマンネリ気味だったが、これはナイス未踏テーマだぜ!」
(本書p42より)

 ピアピア動画=ニコニコ動画ニコニコ動画 - Wikipedia)、小隅レイ=初音ミク初音ミク - Wikipedia)という明確なモデルに基づいて描かれた近未来SFです。
 クロムウェル・サドラー彗星が月に衝突したことによって月探査計画が潰えて彼女にも逃げられた大学院生の蓮見省一は、彼女への想いをボーカロイドの小隅レイに歌わせピアピア動画にアップするしかなかった。しかし、月からの放出物が地球に双極ジェットを形成することが分かり、省一はピアピア技術部による”宇宙男プロジェクト”を立ち上げることにするという表題作「ピアピア動画と南極点」。インターネットのウェブ性と、コンビニの物流拠点としてのウェブ性に着目しつつ、さらに新種のクモの糸から軌道エレベータのロープを作るという二重三重のウェブ性が重なることで紡がれるロマンチックなお話。チャットのノリが楽しい「コンビニエンスなピアピア動画」。クジラとのコミュニケーションに小隅レイの音声を用いることで行われる、潜水艦による《鯨行動の対話的・能動的プロジェクト》。「歌う潜水艦とピアピア動画」。そして、「星間文明とピアピア動画」といった連作集です。表紙カバー絵を初音ミクのキャラクターデザインを手掛けたKEIが描き、解説をニコニコ動画を運営しているニワンゴの親会社である株式会社ドワンゴ代表取締役会長・川上量生が書いています。非公式が公式とでもいうべき作品です(笑)。
 ピアピア動画というネーミングの意味とニコニコ動画との違いについては川上量生による解説が詳しくて参考になります(ぶっちゃけ、私はそっち方面にあまり詳しくないので)。ピアピア動画という動画共有サイトを全面に押し出すことによって描かれている世界。それは、情報の共有・知のオープン化による価値の創出といったネットの最前線で生じている現象です。そんな最先端の出来事を、近未来を舞台をしながら現実的かつ卑近的なものとして適度な生活感を伴いながら描き出されています。
 そんなオープンな情報空間に住まう雑多な会員たちをまとめるもの。それが小隅レイというキャラでありストーリーです。萌えやkawaiiといったキャラクターへの親愛の情について、作中では日本人特有のものとして呆れ半分感心半分のようなニュアンスで論評されていますが、そうした背景にはやはり日本人の無宗教性があると思います。それは様々な人々を結び付ける象徴(シンボル)なのです。
 ネットやニコニコ周りのスラングをそこかしこに散りばめられながらも、用語については説明的にならないよう説明されています。絶妙な匙加減です。内輪向けのマニアックな閉じた作品ではなく、作品そのものが主張しているように開かれた作品となっています。単にネタに走ったものでは断じてなくて、しっかりと地に足の着いたSF作品です。多くの方にオススメの逸品です。
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