リベンジと伏線と。 『バクマン。』17巻書評
- 作者: 小畑健,大場つぐみ
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2012/03/02
- メディア: コミック
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七峰ふたたび。
副題は「七瀬ふたたび」にかけてみましたがどうでもよいですねすみません。
「ベテラン漫画家」たちの読み切り攻勢は、14巻、15巻で登場し破れていった七峰徹が黒幕でした。彼は以前破れた「七峰システム」をさらに洗練し、しかも資本をつぎ込むという本気っぷり。
*1
この「七峰システム」についておさらいしますと、自身はアイデアを出さず、複数のブレインのアイデアをもらって作品にするという方式。
●七峰という『タッチ』の吉田ポジション。 『バクマン。』14巻書評
ただし、これまでのやり方の根底には「編集者を意図的に飛ばす」という彼のポリシーが見られます。それが、この漫画では大きく否定されるところです。
その粋ともいえるのが(4)の七峰システム。一人の編集者より、50人のブレインと割り切り他人のアイデアを使うやり方は、確かに画期的ではありますが、それこそネット上で本職の漫画家さんたちも含め、大きな話題となりました。
このあたりのネット界隈のやり取りや七峰システム自体の考察については後の巻でまたじっくり語るとして今回は深く突っ込みませんが、結局のところ、自身がアイデアを出さず他人に頼る、という一点が「漫画家として」否定されるべきところであり、
実際、アイデアマンたちを束ねきれずに自滅していきます。
前回は、ネットで募った有志によるブレインでしたが、人気が落ちると裏切って離れていったという失敗をふまえ、今度はお金を出してブレインを「雇う」やり方に変更。まあ、前回が自滅でしたので今回は「裏切らない」ためのシステム強化ですが、確かに前回もこの「ブレイン複数制による原作づくり」というシステムは否定されたわけではありません。
その点では、この「仕事場」を見せられた後にシュージンも言っています。
*2
前回も書きましたがこの「七峰システム」、高品質な原作がコンスタントに作れる、という意味では非常によくできています。結局のところ、このシステムでできた作品を「面白い」「面白くない」で判断するのは読者なわけで、たとえば養殖と天然のどちらが美味いかという味覚テストにどれだけ正答があるかというのと似ているような気がします。
●TV企画の養殖マグロと天然マグロの食べ比べで養殖マグロに軍配!?
●http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/wxr_detail/?id=20101102-00004113-r25
「たとえばブリなどは、天然ものは旬の時期を外すとパサついたりして一気に味が落ちてしまいます。しかし、養殖の場合は脂ののりなどをコントロールでき、年中一定水準以上の味を保つことができます。つまり、いつでも旬に近いものを楽しむことができるんですよ」(web R25)
とはいうものの、「週刊少年ジャンプ」というフィールドでは受け入れられないのもまた事実ですので、この「七峰システム」を知った編集長から連載に当たって条件がでます。
*3
七峰VS亜城木夢叶をはじめとする漫画家連合軍たちの最後の戦いが始まります。
漫画家と伏線
七峰との戦いに亜城木夢叶が用いた題材は、「一話完結ではない一話完結」。すなわち、過去の「PCP」のエピソードをふまえちりばめた一話を描くことです。
ここで登場するのが「伏線」。
この言葉、ミステリ読者ならもちろん知っている言葉だと思いますが、
という意味です。
設定や人物、あるいは何気ない一言。伏線はさらりと物語にちりばめられ、あとから「ああ、こうだったのか!」と読者を驚かせます。
例えば、尾田栄一郎『ONE PIECE』。
この作品はあらゆるところに伏線がまぶされ、ある伏線は回収され、ある伏線は回収されるのを待っています。
この作品の伏線については『ワンピース最強考察』などでも研究されておりますが、作者が意図的に伏線を入れているのがわかります。
- 作者: ワンピ漫研団
- 出版社/メーカー: 晋遊舎
- 発売日: 2010/12/15
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同じく物語に様々な伏線がちりばめられ、広げた大風呂敷を見事に畳みきった名作『鋼の錬金術師』を描いた荒川弘は、伏線についてこう語っています。
「読者が2回読んだとき、1回目より面白さを感じてもらえる作品にしようと描いてますから、後々の展開のために、連載開始前から考えていた伏線もずいぶんあります」
「伏線もある」ということは、それ以外の伏線があるのだろうか。
「前の巻を読み直して、まるで最初から伏線があったかのようなストーリーを作っていく場合も結構あったりするんですよね(笑)」
そういうストーリーづくりをしているとは、読者としては意外。
「後付けの伏線みたいなものには2種類あるんです。一つは登場人物たちが勝手にしゃべりだしてしまって、つくり手としては不本意ながらも、そのセリフをとったときですね」
(中略)
では、もう一つの伏線とは何なのだろうか。
「あとで読み返してみると、”おっ!これは今回の話で使えるな”というものがあったりするんです。よくもまあ意味もなく、こんなものを描いておいたもんだ・・・・・・と自分で自分をほめたくなりますね」
(ダ・ヴィンチ2009年6月号「荒川弘ロングインタビュー」P196,197より)
えらいぶっちゃけていますが(笑)、つまるところ伏線には
(1)最初から回収するために意図的に張った伏線
(2)とりあえず謎っぽく散りばめておいて後で無理矢理回収する伏線
(3)描いたときには意図していなかったが後付けで伏線っぽく回収する伏線
の3つが存在しているのです。
とはいうものの「伏線」はあくまでスパイス。伏線が全くなくても名作と呼ばれる作品は多々ありますし、たまに見かける「前半と後半で食い違う世界観」などがあるマンガもまたその作品の「味」だと思います。
『バクマン。』と伏線
「思い出した・・・・・・・・・おじさん この話描く前に 過去の「超ヒーロー伝説」をコミックスやそれに載ってない分は「ジャンプ」で読み直してた
間違いない 1話目から全部・・・・・・」
「そうか・・・・・・ 過去の話を読んで伏線になるところを探してたんだ! 様々なエピソードに絡んでるから感心させられて気づかなかったけど
伏線でもなんでもなかった事を伏線に仕立てあげてたんだ すげ−−−−っ」
(P126)
亜城木夢叶もまた、「PCP」で(3)の方法を用い過去の事件を意味があるように見せた「一話完結ではない一話完結」を描き上げます。
ミステリマンガなんだからもっと伏線ぐらいはっとけよというツッコミもありますが(笑)、もともと『バクマン。』も、また『DEATH NOTE』ですら伏線を全く張っていないマンガですのでその点をツツくのはやめときましょう。
『DEATH NOTE』などは、スリリングな頭脳戦のマンガでしたからしっかりと伏線があるかと思いきや、作者も「5話先までしかネームを書いていない」などと言っていたように「デスノート」という設定(ルール)を配した上でLとキラとのやりとりをライブ感で描いていました。ある意味綱渡り的な危うさがこの作品のスパイスになったのかもしれません。
そういう意味では『バクマン。』で唯一張った伏線が前巻で書いた
*4
このシーン。しかしこのセリフもおそらくは(2)の「あとから無理矢理回収する伏線」だったのではと考えます。
そういう意味では唯一の貯金を使った『バクマン。』、よくもまあ自転車操業で物語を回しているなぁ、と感心します(笑)。
リベンジする敵はかませ犬になるの法則
亜城木夢叶渾身の一話で七峰と勝負。結果は、七峰の敗北に終わりました。
敗因は、「七峰の作品には爽快感が欠ける」からだとか。まあ七峰システムが破れるためには無理くりな理由ですが、メタな視点からするとスポ根マンガのメソッドである「リベンジした敵役はパワーアップした主人公たちの格好のかませ犬になる」の法則が見事に発動したわけです。
また、「努力・友情・勝利」のジャンプメソッドにおいては、「自ら汗をかかない七峰システム」は破れるべくして破れたのだと思います。
ここからは私見ですが、実際のところ「七峰システムで作成している」というプロセスを見せずに作品を世に出せばこのシステムは巧くいくと思いますが、なんだかんだいっても読者は「料理や素材を作っているプロセス」も含めて料理の味を判断するように、「機械的に作られた作品」と知ったらそれだけで評価を落とされそうな気がします。「やっぱおにぎりは手で握った方がおいしいよ」「しかもむさいおっさんが握るより美少女が握ったおにぎりの方が絶対おいしいって!」というのと似たようなものかと。
そういう意味では七峰システムが破れるのもまた意味や理由はあるわけで、精神論・根性論の一言では片づけられない気がします。このへんについてはまた別の機会に語ろうかと思います。
というわけで再び七峰は退場。今度は「自ら立ち上げた無料のケータイ向け電子書籍雑誌」でもひっさげて「ジャンプ」そのものを潰そうと喧嘩を売ってほしいところですね(笑)。
そして新たな戦いへ
七峰を下した亜城木夢叶。その戦いでつかんだ手応えをもとに、「PCP」を越える新たなアニメ化できるマンガ」の創作に取りかかります。
奇しくもジャンプでは編集長の交代。そしてライバルである新妻エイジが新連載にむけ始動します。
次の巻では再びライバル・新妻エイジとの戦いになります。これもまた、リベンジの戦いですが、今度はどうなっていくのか。次巻も楽しみに待ちたいと思います。
●『バクマン。』と『DEATH NOTE』を比較して語る物語の「テンポ」と「密度」 『バクマン。』1巻書評
●『バクマン。』と『まんが道』と『タッチ』と。 『バクマン。』2巻書評
●『バクマン。』が描く現代の「天才」 『バクマン。』3巻書評
●編集者という「コーチ」と、現代の「コーチング」 『バクマン。』4巻書評
●漫画家で「在る」ということ。 『バクマン。』5巻書評
●病という「試練」。『バクマン』6巻書評
●嵐の予兆。『バクマン』7巻書評
●キャラクター漫画における「2周目」 『バクマン。』8巻書評
●「ギャグマンガ家」の苦悩 『バクマン。』9巻書評
●「集大成」への道のり 『バクマン。』10巻書評
●第一部、完。 『バクマン。』11巻書評
●「創造」と「表現」 『バクマン。』12巻書評
●スポーツ漫画のメソッドで描くことの限界について考察してみる。 『バクマン。』13巻書評
●七峰という『タッチ』の吉田ポジション。 『バクマン。』14巻書評
●「試練」と「爽快感」 『バクマン。』15巻書評
●天才と孤独と孤高と。『バクマン。』16巻書評
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