天才と孤独と孤高と。『バクマン。』16巻書評
- 作者: 小畑健,大場つぐみ
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2012/01/04
- メディア: コミック
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本誌では(おそらく)物語の締めに突入ですが、単行本ではその山に向かってゆっくりと登っていくところ。次巻以降怒涛の展開になりますが、とにもかくにもこの巻は「エイジ無双」だったと思います。
亜城木夢叶の復活と新妻エイジの躍進
15巻では「PCP」の模倣犯騒動がありましたが、サイコーとシュージンの「互いを信頼する気持ち」により無事復活。
一息ついたかに見えて、この巻では新たな戦いが繰り広げられます。
15巻でちらっと話が出た新妻エイジの「1位を獲る」発言。
「1位を獲る」ということはすなわち、「あの発言」が実現されるということです。
*1
『バクマン。』は、伏線をまったくといっていいほど張らず過去も掘り下げないまさに「計算された計算のなさ」という「ライブ感覚」な漫画ですが、そのなかで唯一ひっぱってきた新妻エイジの「トップになったら嫌いなマンガを一つだけやめさせられる権限」。この発動に向け、新妻エイジがさらに面白いマンガを描き続けます。
これまでも書評で『バクマン。』という漫画そのものは「邪道という手段をとりながら内容は王道」と書いてきました。実際、主人公は「原作と作画」というコンビではあるものの、「才能は人並みよりやや上、しかし努力で頂点を目指す」という「努力型」(作中では「計算タイプ」と称されていますが)のキャラであり、ライバルは感性と才能で世代の頂点に君臨する「天才型」のキャラです。
『バクマン。』では天才型の漫画家「新妻エイジ」というキャラを配することにより要所要所で主人公たちの「成長」や「挫折」を視覚化させます。
新妻エイジが作中で初めて登場したのは、サイコーとシュージンが漫画家を志そうとしていたなか、ジャンプの手塚賞の準入選作として。
*2
自分たちと同年代ながら遥か上を行く新妻エイジという存在に、自らの「井の中の蛙」を自覚し、そして目標を見出します。
その後も、連載をつかむための赤マルジャンプでの戦いや『+NATURUL』連載など、ことあるごとに亜城木夢叶の前に立ちはだかってきた新妻エイジという大きな壁。
*3
一方でサイコーが行き詰っているときに新妻エイジのもとでアシスタントを行い更なる飛躍のきっかけになったり、TVで「ライバルは亜城木夢叶」と宣言するなど、切磋琢磨して自らを伸ばす起爆剤でもありました。
*4
この新妻エイジというキャラ、まさに王道な「天才漫画家」のキャラ造詣。
一般に「天才漫画家」といえば「神」と称される手塚治虫が真っ先に思い浮かぶと思います。
類まれなるセンスと感性で他のものの追随を許さない、超人的な存在。
宮崎克・吉本浩二の『ブラック・ジャック創作秘話』ではその「神様」のエピソードがこれでもかと描かれていますが、たくさんの連載を並行して書き続け、更にアニメの絵コンテまで描いてしまうというバイタリティや、アメリカ旅行エピソードで描かれた自身の描いたマンガの内容を全て覚えているという「才能・技能」。
*5
それだけでは単なる「すごい人」なのですが、その根っこを支えているマンガに対するあくなき向上心や純粋な好奇心。
*6
それら全てが複合されて、手塚治虫という「天才」が成り立っています。
また、二次元のキャラでは『ジョジョの奇妙な冒険』の岸部露伴を思い浮かべる人もいると思います。
実際、新妻エイジには岸辺露伴の要素が組み込まれています。
2巻のネームには原作の大場つぐみ自ら「岸辺露伴入ってるかも」と指定しています。
*7
「天才=何を考えているか分からない=変人」といういわばベタなキャラ造詣ですが、ベタだからこそ効果的に作用しているのだと思います。
序盤に亜城木夢叶の壁として登場したまま、亜城木夢叶と他の敵キャラとの戦いや個性的な漫画家たちの登場でしばらく影が薄くなっていた「天才」新妻エイジ。この巻で、再び圧倒的な存在感を見せ付けます。
vs新妻エイジ
新妻エイジの「マンガを終わらせる権利」は、すなわち『CROW』を自身の納得させるかたちで終わらせることでした。
この「作者が納得するかたちで連載を終わらせる」について語りだすと非常に長くなってしまうので割愛しますが、人気のある漫画は引き伸ばすだけ伸ばして人気が落ちたとたんに打ち切り、という「ジャンプシステム」に対し暗に喧嘩を売っているストーリー展開ですよね(苦笑)。
あえて一言言うなら、「連載の自発的な終了」のために漫画家が戦うのは本来は「編集部」だと思うのですが、『バクマン。』ではこれを意図的に「他の漫画家との戦い」に摩り替えています。このあたりは、「一見、内幕をエグく描くかのように見せて実際は本当にエグいところはギリギリのところで巧く回避する」という『バクマン。』の巧みな構成がよく出ていると思います。
まあ、こういったところが、一部の漫画家から「漫画家の世界はこんな奇麗事ではない。こんな展開ありえない」とことあるごとに批判される要因なのですが・・・。*8
閑話休題。
「逃げ切り」を宣言することで亜城木夢叶はもちろん、福田真太、高浜昇陽、蒼樹紅など多くの漫画家を奮起させます。
とっておきのエピソードを使った高浜昇陽『正義の三肩』を破り、新ライバル、新マシンを惜しげもなく出してきた福田真太『ロードレーサーGIRI』を破り、そしてカラー扉絵に張り巡らせた伏線を見事に回収した亜城木夢叶『PCP』ですら『CROW』を止めることはできませんでした。
打倒新妻エイジという目標により、結果的に世代の底上げを図り、それでも追いつけないという「格の違い」、孤高の存在であることを見せ付けたのです。
まさに「エイジ無双」な展開なのですが、『CROW』連載終了の挨拶回りに出向いた新妻エイジが亜城木夢叶にこう語ります。
*9
僕は青森から東京に出てくるまでマンガを描くのは楽しかったけど…
いつも一人でした
でも「ジャンプ」で連載するようになって……
読んでくれる読者……
それに何よりも亜城木先生という最大のライバルや
競い合う仲間に出会えました
本気で接してくれるライバル……仲間……
幸せです……
もう一人じゃないそれがものすごく嬉しいです
いつもありがとうです(P125)
天才が持つ「孤独」。これもまたベタなネタですが、ベタだからこそ新妻エイジと亜城木夢叶の「漫画を通した友情」が強調されます。
3巻書評でも書きましたが、新妻エイジという「天才」は、ベタな「天才」という造詣でありながらも非常に現代的な「天才」です。
●『バクマン。』が描く現代の「天才」 『バクマン。』3巻書評
「倒すべき敵」ではなく「切磋琢磨するライバル・目標」として新妻エイジを配置したのがこの漫画の面白さの要因の一つだと思いますし、サイコーとシュージンという「亜城木夢叶」による二人で一つ、表裏一体の物語を描きながらも、「新妻エイジと亜城木夢叶」という「天才と凡才」もまた二人で一つ、表裏一体なのだろうと思います。
さらなる戦い。
『CROW』の連載終了によりストーリー的にやや緩みが出るかと思えばそうでもなく、息つく暇もなく次の火種が起こります。
ジャンプを戦力外通知となったベテラン漫画家たちが、強力なブレーンのもとジャンプに持込を行います。
*10
ブレーンの正体についてはバレバレかと思いますが、次巻はリベンジャー・○○との最終決戦です。
バトル漫画だとリベンジキャラは主人公たちをピンチに陥らせながらも最終的にはかませ犬として返り討ちにあうのがお約束なのですが、はたしてどうなることやら。
*11
いや、ネタバレというか次の巻でちゃってますすみませんほんとすみません。
というわけで次巻も楽しみに待ちたいと思います。
●『バクマン。』と『DEATH NOTE』を比較して語る物語の「テンポ」と「密度」 『バクマン。』1巻書評
●『バクマン。』と『まんが道』と『タッチ』と。 『バクマン。』2巻書評
●『バクマン。』が描く現代の「天才」 『バクマン。』3巻書評
●編集者という「コーチ」と、現代の「コーチング」 『バクマン。』4巻書評
●漫画家で「在る」ということ。 『バクマン。』5巻書評
●病という「試練」。『バクマン』6巻書評
●嵐の予兆。『バクマン』7巻書評
●キャラクター漫画における「2周目」 『バクマン。』8巻書評
●「ギャグマンガ家」の苦悩 『バクマン。』9巻書評
●「集大成」への道のり 『バクマン。』10巻書評
●第一部、完。 『バクマン。』11巻書評
●「創造」と「表現」 『バクマン。』12巻書評
●スポーツ漫画のメソッドで描くことの限界について考察してみる。 『バクマン。』13巻書評
●七峰という『タッチ』の吉田ポジション。 『バクマン。』14巻書評
●「試練」と「爽快感」 『バクマン。』15巻書評
●天才と孤独と孤高と。『バクマン。』16巻書評
●リベンジと伏線と。 『バクマン。』17巻書評
ブラック・ジャック創作秘話?手?治虫の仕事場から? (少年チャンピオン・コミックス・エクストラ)
- 作者: 吉本浩二,宮崎 克
- 出版社/メーカー: 秋田書店
- 発売日: 2011/07/08
- メディア: コミック
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