七峰という『タッチ』の吉田ポジション。 『バクマン。』14巻書評
- 作者: 小畑健,大場つぐみ
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2011/08/04
- メディア: コミック
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連載当時に各地で議論を巻き起こしたvs七峰シリーズなのですが、改めて読み返してみると『バクマン。』そのものが「スポーツ漫画」のお約束を丁寧に踏襲していることに気づかされます。
連載当初の、地に足着いた青春ものという側面は影を潜め、ややトンデモなノリに推移しているところも含め、まさに「古き良きスポーツ漫画」なノリなんですよね。
ある意味、『バクマン。』という漫画そのものの舵が大きく変わった14巻について、つらつらと書評していきます。
七峰という新人類
前巻の終わりで、新人賞に応募してきた作品に衝撃を受ける最高と秋人。
「シンジツの教室」というタイトルで教室内で起こるデスゲームを10話にもわたる長編を描いてきた七峰透という新人に圧倒されます。
新人賞に10話もの長編を送ってきたこともイレギュラーなら、ジャンプというフィールドに欲望渦巻くデスゲームものを題材にした作品を描くこともイレギュラー。
なにからなにまでイレギュラーな七峰の作品ですが、本人の行動はもっとイレギュラーです。
「ジャンプという雑誌にはふさわしくない」という理由で賞に漏れると、応募した作品を自身のblogに掲載。そのblogがネット界隈で盛り上がってしまい、編集長に呼びだされます。
*1
その場で新たな作品を編集長に見せ、読み切り枠をゲット、と連載までの経緯もまたイレギュラーです。
そして特筆すべきはその作品の描き方。
ネットで集めた知り合いからアイデアをもらい作品を作るという、これまでの作品づくりの形式を真っ向から否定する七峰に対し、真実を知った最高と秋人は彼のやり方を否定するために、宣戦布告します。*2
*3
七峰システムについて
彼のイレギュラーな行動については連載当時喧々諤々の議論が巻き起こりました。
Q.『バクマン。』の原作を書くうえで心掛けていることは?
A.『DEATH NOTE』の時からですが、「良い・悪い」「正しい・正しくない」に関わらず、極端なものの考え方を入れることです。『バクマン。』でいうと、新妻エイジの「嫌いなマンガをひとつ終わらせる権限をください」とか、サイコーと亜豆の恋愛とかです。それを入れることで読者が、「これはないだろう」とか、「自分はありかな」と色々考えてくれると思うんです。これも漫画を楽しんでもらうひとつの手段になるのではないかと私は考えています。
(QuinckJapan2008年12月号P53、大場つぐみインタビュー)
という作者にとってはまさに
, /〃ハヾ / ∧∨〃、ヾ} l| :}ミ;l\ /〃// / 〃l lヽ∨,〈ヾ、メ〈 }} ;l リ ハ l`!ヽ. //' /,' ,' 〃 l l川/,ヘ丶\;;ヽ/:'/〃∧ l ト、:l ! 〃,'/ ; ,l ,'' ,l| レ'/A、.`、\;;ヽ∨〃/,仆|│l }. |、 i' ,'' l| ,l ' l. !| l∠ニ_‐\ヽ;\,//,イ| l | l ト/ λ! 、 . l ; :|| ,'i:/ l| |:|: |``'^‐`ヾ∨`゙//|斗,l ! | ,タ /l.| l 三__|__ l ' l |」,' l' lハ |'Ν  ̄´ /` ,|l_=ミ|! ly' ,〈 :|| | 口 | |l .l H|i: l | ゙、| l _.::: ,!: l厂`刈/ /!} :l| ‐┬‐ |! :l |)!| ! | ヽ '´ ’/'_,. ノイ.〃/|! │田│ l|l |l 「゙|l |`{ .. _ |}/,ハ l  ̄ ̄ |!l |l、| !l :|. ‘ー-‐==ニ=:、__j:) l'|/|l リ 、 マ ヽ ̄ニ‐、__.」乢!L!lヱL」__ ー、 `'''´ 从「 / 了 用 \ `ヽ\ /l | / ̄´ // '"`ー‐ . ,、 l ゙、 / ' |、 { /l/ , '} l ゙, / |:::\ } ,.イ/ レ | l l l ,.イ l:::::::::\__ `'-‐::"// |′ ノ l ! K ヽ,、 \「`''''''''"´:::::::;;:" // . l l ト、\( _.... ヽ .:.::::::::;;″ /' _ \ | l| 八、ヽi´ | .:.:::::::::::::i' .:/'"´ ̄ ̄ ̄ ,.へ\
だったでしょうが、彼のやり方について整理してみますと、
(1)設定はややパクリ。ワンアイデアを膨らませる作風。
(2)応募した作品をblogにアップ。ネット界隈に議論を巻き起こし話題づくり
(3)編集長に直接作品を渡し読み切り枠ゲット。
(4)作品はネットで集めた多数の有志からアイデアを募り組み上げる
となります。
前巻の書評で書きましたが、「漫画」というフィールドは「ルール」が明確になっていません。
●スポーツ漫画のメソッドで描くことの限界について考察してみる。 『バクマン。』13巻書評
この七峰のやり方は、スポーツ漫画でいうところの「最先端のトレーニングを駆使して選手を強化する強豪校」という負けフラグバリバリの「由緒正しき敵役」だと思っています。
こと「漫画」となると「なにが正しいのか?」が明確でないだけ、彼のやり方に是々非々の論争が起こるわけです。
たとえば、(1)については、まあ問題ないでしょう。教室を舞台としたデスゲームものは「バトルロワイヤル」を嚆矢とし『リアル鬼ごっこ』の山田悠介で一気に拡散され、宇野常寛が「決断主義」「サヴァイヴ感」と類型化するほど1ジャンルとして定着してきています。
実際、先日1巻が発売された教室デスゲームもの『神様の言うとおり』などは「シンジツの教室」と掲載時期を同じくしたデスゲームもので、「シンジツの教室」をなぞるかのように教室内で生徒がパカパカ死んでいく、「死のゲーム」を主人公たちが生き残っていく漫画であり、なかなかの面白さです。
- 作者: 藤村緋二,金城宗幸
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/07/08
- メディア: コミック
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ジャンプという戦場で目立つためにはジャンプに不似合いの作風をとるのはマーケティング的に問題ないと思いますので、この点では七峰のやり方は間違っていませんし、この部分については秋人もその作風を認めています。
(2)については賛否両論あります。それはまた「炎上マーケティング」に対する是々非々に通じるものがあると思います。個人的には「炎上マーケティング」は「ドーピング」に近いものがあると思っていますので、一時的には話題を集めますが、いずれ効果がなくなり自身がぼろぼろになる諸刃の剣です。
そういう意味では、今回のblogアップによる話題作りは(3)のためだと割り切れば、まあなくもないやり方なのでしょう。
(3)についても、営業で言うと社長に直接アプローチするいわゆる「トップアプローチ」であり、ビジネスではよくある手法でやり方そのものは問題ありません。
ただし、これまでのやり方の根底には「編集者を意図的に飛ばす」という彼のポリシーが見られます。それが、この漫画では大きく否定されるところです。
その粋ともいえるのが(4)の七峰システム。一人の編集者より、50人のブレインと割り切り他人のアイデアを使うやり方は、確かに画期的ではありますが、それこそネット上で本職の漫画家さんたちも含め、大きな話題となりました。
このあたりのネット界隈のやり取りや七峰システム自体の考察については後の巻でまたじっくり語るとして今回は深く突っ込みませんが、結局のところ、自身がアイデアを出さず他人に頼る、という一点が「漫画家として」否定されるべきところであり、
*4
いや これは違うだろ・・・
皆 担当とのマンツーマンに苦しみながら・・・
マンガはそうやって作っていくもんじゃないのか・・・
実際、アイデアマンたちを束ねきれずに自滅していきます。
そういう意味では、彼のやり方はまた、「漫画とは何か」「物語づくりとはなにか」を逆説的に問うていると思います。
実際の漫画家たちが血と汗を流しながら作った作品を「天然もの」とすれば、システムによって作り上げた作品は「養殖もの」。この「天然もの」と「養殖もの」については、また機会を改めて語りたいと思います。
スポーツ漫画メソッドで読み解く『バクマン』
この巻は七峰システムが取り上げられ話題になっていますが、ストーリー的にはまさに「スポーツ漫画メソッド」ど真ん中です。
先ほども書いたとおり、「最先端の科学トレーニングにより選手を鍛える強豪校」テンプレートに乗り、「かつての悪役を再登場」させ、なおかつ「技術におぼれ自滅する」というベタなお約束の3倍満を上がってくれた七峰。
未だ出てきませんが「盤外戦で邪魔をしてくる卑怯な学校」(食べ物に下剤を仕込んだり雇った不良におそわせたりなど)という敵役テンプレートもありますが、さすがに『バクマン。』では出せないでしょうね。原稿を奪って連載を落とさせ、その隙にアンケートの順位を上げるとかやってきたら、本当に尊敬します(笑)。
スポーツ漫画の「お約束」を丁寧に踏襲してくれるまさに「いかにもな」敵役なのですが、さらに七峰は「先輩に憧れたがいずれ追い抜く敵になる」というこれまたお約束の、『タッチ』の「吉田ポジション」という役割も持っています。*5これでお約束の数え役満。まさに「最強の敵」ですねぇ。
『タッチ』の吉田ポジション
これまで当書評を読んでいただいている漫画好きの読者様方で、不朽の名作のあだち充『タッチ』を知らない方はいないかとは思いますが、念のためご説明を。
上杉達也、上杉和也は一卵性双生児。スポーツも勉強も真剣に取り組む弟の和也に対して、何事にもいい加減な兄の達也。そして隣に住む同い年の浅倉南。3人は小さい時から一緒に行動している、いわば幼馴染だった。そしてお互いがお互いを異性として意識し始める。物語のスタート時、3人は中学3年生である。3人は同じ微妙なトライアングルのまま高校へ進む。「甲子園に連れて行って」という南の夢を叶えるため1年生でありながら野球部のエースとして活躍する和也だったが、地区予選決勝に向かう途中交通事故死。そして達也は和也の「南の夢を叶える」という夢を継ぐため野球部に入部する…。
(wikipediaより)
『タッチ』はスポーツ漫画史において、それまでの「スポ根マンガ」というフォーマットを外すことでまさに「歴史を変えた作品」だと思うのですが、この漫画からまた、「定番」が数々生み出されました。
『バクマン。』2巻書評でも『バクマン。』と『タッチ』の類似性について語りましたが、
●『バクマン。』と『まんが道』と『タッチ』と。 『バクマン。』2巻書評
「南を甲子園につれてって」がそのまま「アニメ化したら結婚しよう」となってるわけです。この辺り『タッチ』をもろに意識していると思いますが、。七峰というキャラ造詣もまた、『タッチ』の「吉田」に重なるものがあります。
吉田剛は、主人公・達也と同級生ですが、彼に憧れて1年生の途中から野球部の門をたたきます。
*6
達也を目指し日々精進する吉田。上杉達也のストレート、そして西村勇のカーブを模倣した投球を身につけ、達也のライバルである新田を1打席勝負で討ち取るとだんだん調子に乗っていき、達也を侮る行動をとるようになります。
*7
そしてエースの座をかけた対決、をする前に、海外へ転校とやや肩すかしな展開。
しかし甲子園予選で敵チームのエースとして再び登場。
*8
かつてのメンバーを知る吉田に苦戦する達也たち。
しかし、彼以上に実力がアップしていた明青学園ナインは彼を撃破する、という展開です。
『バクマン。』でもまた、七峰は亜城木夢叶に憧れ漫画家の門を叩きます。
*9
しかし漫画家(とくに編集者)を侮る行動をとり、最後に自滅していきます。
『タッチ』では、自滅していく吉田を達也のライバルの一人西村がこう評します。
ストレートは上杉、変化球はこのおれのコピー、メッキがはがれりゃただの小心者さ。
(『タッチ』19巻、P177)
担当編集者と向き合い自らを磨くことをせず、他人のネタを寄せ集めているため「成長」「経験」がない。「成長」「経験」がないから逆境に弱い。
七峰もまた、メッキがはがれ小心者として自滅していきます。
バトル漫画やスポーツ漫画は良き敵役がでてこそ盛り上がるのだと思いますが、七峰もまた徹底的に負けフラグを立てまくる「(展開的に)よき敵役」だったと思います。
七峰システム、スポーツ漫画フォーマット、吉田ポジションと長々語ってしまいましたが、『バクマン。』のはやはり「スポーツ漫画のお約束」にあふれており、古き良きスポーツ漫画が好きな人はその流れでも楽しむことができます。
とはいうものの、七峰システムなど漫画好きなら一言語らずにいられない爆薬を仕込むところなど、「そろそろネタがつきる」ぎりぎりの中から生まれる化学反応をまさにメタ的に楽しむこともできます。
そういう意味では、切り口によって多重に楽しめる『バクマン。』は、様々な読者層がいるからこそ耐久性も高くジャンプの打ち切りサバイバルレースを生き残っているのかなぁ、などと思ったりもします。
現時点で最大の悪役を登場させた14巻ですが、次の巻はどうなるのか。また楽しみにしたいと思います。
●『バクマン。』と『DEATH NOTE』を比較して語る物語の「テンポ」と「密度」 『バクマン。』1巻書評
●『バクマン。』と『まんが道』と『タッチ』と。 『バクマン。』2巻書評
●『バクマン。』が描く現代の「天才」 『バクマン。』3巻書評
●編集者という「コーチ」と、現代の「コーチング」 『バクマン。』4巻書評
●漫画家で「在る」ということ。 『バクマン。』5巻書評
●病という「試練」。『バクマン』6巻書評
●嵐の予兆。『バクマン』7巻書評
●キャラクター漫画における「2周目」 『バクマン。』8巻書評
●「ギャグマンガ家」の苦悩 『バクマン。』9巻書評
●「集大成」への道のり 『バクマン。』10巻書評
●第一部、完。 『バクマン。』11巻書評
●「創造」と「表現」 『バクマン。』12巻書評
●スポーツ漫画のメソッドで描くことの限界について考察してみる。 『バクマン。』13巻書評
●七峰という『タッチ』の吉田ポジション。 『バクマン。』14巻書評
●「試練」と「爽快感」 『バクマン。』15巻書評
●天才と孤独と孤高と。『バクマン。』16巻書評
●リベンジと伏線と。 『バクマン。』17巻書評