キャラクター漫画における「2周目」 『バクマン。』8巻書評

バクマン。 8 (ジャンプコミックス)

バクマン。 8 (ジャンプコミックス)

大場つぐみ小畑健バクマン。』8巻が発売になりました。アニメ化も決まりまさにジャンプの中堅漫画として確固たる地位を築こうとしている感もある安定さ。
帯には「少年達は恋愛の泥沼すら漫画への糧とした」とある通り、この巻はどちらかというと人間関係面で大きな変動があった巻でした。

再登場するキャラ

前巻の最後で登場したシュージンの元同級生・岩瀬。
嵐の予兆。『バクマン』7巻書評
彼女は小説家としてデビューしていました。
前巻の書評で「嵐の予兆」と書きましたが、この再登場した岩瀬というキャラが8巻では仕事面・プライベート面の両方でサイコー・シュージンたちに一波乱巻き起こすキーマンの一人となります。
*1
「再登場してライバルになる」という展開はまさにスポーツ漫画で言うと王道であり、漫画家マンガという変化球でありながらもスポ魂マンガの王道的要素を取り込んでいる『バクマン。』では予想された展開だったかもしれません。
再会したシュージンにつれなくされ、ライバル心からマンガ原作を目指すという岩瀬。そして彼女がシュージンに渡した小説に挟まれていた手紙が、シュージンと彼の恋人であるカヤとの間に亀裂を生むことになります。
もともとアイデアをお互いに補完しようと女性漫画家・蒼樹紅とやりとりしていたシュージンでしたが、彼に未だに未練がある岩瀬の再登場でさらに人間関係が複雑化しました。

キャラクター漫画における「2周目」

サイコー・シュージンの連載の行方が気になる読者にとってはこの巻の人間関係のドロドロは不要だと思う方もいるかもしれませんし、逆にこういった話を読みたいと思う方もいると思います。
フジモリは、この巻のくだりで「ああ、ようやく『バクマン。』も2周目に入ったか」と感じました。
2周目というのはフジモリがかってに定義した考え方ですが、端的に言うと、
・キャラクターや舞台設定を読者に紹介するのが1周目
・すでに読者の中で受け入れられているキャラクター同士のやりとりによって物語に変化を添えるのが2周目
という認識です。*2
おおもとの考え方としては、お笑い芸人の受け入れられ方で使われている用語なのですが、
オードリーが2周目に入った
カンニング竹山によるオードリーブレイク後指南
ここでいう

みんなが「オードリーとは何者なのか?」と思っていた段階は終わり、「オードリーは人気者である」ということがほぼ既成事実となっています。そこで、その人気を踏まえて、若林がエピソードトークをしたり、春日がさらに調子乗りキャラを加速させていく、といった現象が見られるようになっています。
(おわライター疾走「オードリーが2周目に入った」より

竹山「で、なんで1年かっていうと、1年その噛みつきキャラとかキレキャラでやってたら、視聴者の人は分かってくれてても、スタジオの中に居る芸能人が、芸能人っていっぱいいるじゃない?」
春日・若林「はい」
竹山「俳優から、女優から、お笑いから」
春日「はいはい」
竹山「芸能人が竹山のことを分かりだすと」
春日・若林「(唸る様に)はぁ〜」
竹山「芸能人、意外にテレビ見てねえヤツいると、特にバラエティなんかは」
春日・若林「(唸る様に)おぉ〜」
竹山「ゴールデンなんか見てねえと、家に居ねえから」
若林「はい」
竹山「だからそれが、大体1年ぐらいやり出すと、どっかで誰かと全員に1回会うから」
若林「あ〜、はいはい」
春日「ほぉ〜」
竹山「オードリーってのはこういうヤツだなと、春日ってのはこういうタイプのキャラクターだと」
若林「はい」
竹山「分かりだして、それを認知してくれて、フってくれたりすると」
春日・若林「(唸る様に)あぁ〜」
(お笑い芸人のちょっとヒヒ話「カンニング竹山によるオードリーブレイク後指南」より)

のように、1周目は登場するキャラクターで笑いを稼ぎ、2周目は「すでにそのキャラクターが周知された前提で」変化を与え笑いを稼ぐという状態なのですが、キャラクター漫画*3でも同じことがいえると思います。
キャラクターの登場を「点」、主人公とのからみを「線」とすると、他のキャラクター同士の絡みが「面」になり、物語を厚くします。*4

バクマン。』の2周目

バクマン。』のストーリーは結構単純で、漫画家志望の少年達がジャンプで連載をするためのサクセスストーリーであり、連載までの過程は決まっています。
一度『疑探偵TRAP』で連載を勝ち取っていますので、担当が変わるなど状況に変化はあるものの、やろうとしていることは今回も変わりません。
そういう意味でプロセスとしては同一である、ともすれば単調になりやすい「2回目」にあたり、『バクマン。』はこれまで主人公であるサイコー・シュージンを軸とした人間関係からさらに一歩描きこんで、サブキャラクター同士の人間関係をこの巻に盛り込みました。
これまでは単なるライバルキャラであった蒼樹紅がこの巻で株が急上昇するなど、邪推ながら「満を持した」感があります。
*5
蒼樹紅を助けるために新妻エイジのもとで一緒に修行した福田真太が登場したり、かつて一緒に連載した中井巧朗がイヤなキャラになって退場したりと、ともすればマンネリになるストーリーを違った彩りにすることに成功していると思います。

退場するキャラ

再登場するキャラが居る一方で、退場するキャラも居ます。
福田組としてともに苦難を乗り越えてきた中井は、蒼樹にふられ、アシスタント仲間でもある加藤にもふられ、ついには実家に出戻ることを決意します。
途中までは純愛キャラとして物語を彩りましたが、どこでどう道を間違えたのかこの巻でリタイア。
これはまた、作者が意地が悪くも計算された退場かもしれません。
*6
とあるように、作画担当であるサイコーと同種のキャラとして存在していたものの、
*7
と「連載」を捨て「女」を優先したためにはまり込んでしまったバッドエンド。
ある意味、一歩間違えればサイコーやシュージンたちの「進んでいたかもしれない」未来だったのです。
こうやってオルタナティブ(代替可能な)キャラクタのバッドエンドを見せることで、相対的に彼らが「生き残るための条件」を浮かび上がらせているとも言えるかもしれません。

嵐は続く

ボタンの掛け違えから喧嘩をしていたシュージンとミホも仲直りをし、創作に行き詰まっていた蒼樹紅も福田という協力者を得、また中井をすっぱりと切ることで連載に集中できる環境になりました。
人間関係面ではかなり整理がついたこの巻ですが、本筋である連載獲得への道はまだまだ嵐が続きます。
*8
こういった極論を『バクマン。』では積極的に盛り込んでいますが、以下の記事を読む限りあながち極論だと切って捨てられないかもしれません。
永井豪が、エスパー魔美について思うことCommentsAdd Star
名作スポーツ漫画の妥協案
編集サイドにエロスを描くことを要求された藤子・F・不二雄先生が生み出した『エスパー魔美』、ヒットしないと言われたジャンルである「ゴルフ」「バスケ」を妥協案を織り込み結果的に自分を貫き通し大ヒットにつながった『プロゴルファー猿』や『スラムダンク』。
成功者の理論(「理論を実践したから成功したのではなく、成功した共通項を理論化したのだ」)といえばそれまでかもしれませんが、幾多の経験値を積んでいる編集長だからこその重みがあることも事実です。
自分たちに合っていないのではないかという思いを抱え込みながら、担当・港浦とギャグ漫画『走れ!大発タント』で連載を狙うサイコー・シュージン。
一方、元担当の服部はシュージンにライバル心を燃やす岩瀬のマンガ原作の才能を見いだし、新妻エイジに作画をさせようとします。
このあたりは、「元コーチがライバル校に!」的な展開で燃えるところがあります。
まだまだ波乱が待ちかまえている2度目の連載挑戦。
次巻はどんな嵐が二人を待っているのか、またどのような嵐を作者たちは与えようとするのか、ストーリー面からもメタな面からも楽しみです。
【ご参考】
『バクマン。』と『DEATH NOTE』を比較して語る物語の「テンポ」と「密度」 『バクマン。』1巻書評
『バクマン。』と『まんが道』と『タッチ』と。 『バクマン。』2巻書評
『バクマン。』が描く現代の「天才」 『バクマン。』3巻書評
編集者という「コーチ」と、現代の「コーチング」 『バクマン。』4巻書評
漫画家で「在る」ということ。 『バクマン。』5巻書評
病という「試練」。『バクマン』6巻書評
嵐の予兆。『バクマン』7巻書評
キャラクター漫画における「2周目」 『バクマン。』8巻書評
「ギャグマンガ家」の苦悩 『バクマン。』9巻書評
「集大成」への道のり 『バクマン。』10巻書評
第一部、完。 『バクマン。』11巻書評
「創造」と「表現」 『バクマン。』12巻書評
スポーツ漫画のメソッドで描くことの限界について考察してみる。 『バクマン。』13巻書評
七峰という『タッチ』の吉田ポジション。 『バクマン。』14巻書評
「試練」と「爽快感」 『バクマン。』15巻書評
天才と孤独と孤高と。『バクマン。』16巻書評
リベンジと伏線と。 『バクマン。』17巻書評

*1:P12

*2:ちなみに3周目は「新キャラ登場」4週目が「過去エピソードによるキャラクタの掘り下げ」だと思うのですが、まだうまく整理できてません。すみません。

*3:キャラクターの掛け合いが物語の原動力となる漫画。『バクマン。』はどちらかといえばストーリー漫画だと思いますが、あえてこのカテゴリに分類しました。理由は後述します。

*4:こういった漫画の例は枚挙に暇がないのですが、フジモリが好きな2周目としては高津カリノWORKING!!』なんかがそれに該当すると思います。出オチにも近い主要キャラの登場・紹介が1周目だとしたら、主人公以外のキャラ同士の絡みである2周目に入り笑いに様々なバリエーションが生まれたと思います。もちろん伊波さんのデレも大好きですが

*5:P141

*6:P165

*7:P120

*8:P179