大団円と『バクマン。』が残したもの。 『バクマン。』20巻書評
- 作者: 小畑健,大場つぐみ
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2012/07/04
- メディア: コミック
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20巻という切りのよいところで完結しましたが、ここまでの単行本各巻できっちり「引き」をするところなども含め、小憎らしいまでにしっかりとした構成です。
フジモリは「きちんと物語を畳める」ことを作品の評価の枢軸としていますので、「きちんと終われたこと」という一点だけでもこの作品に拍手を送りたいと思っています。
そしてまた、『バクマン。』という作品はストーリーそのもの以上にその立ち位置が非常に面白く、今回は総括として『バクマン。』というマンガそのものについて語っていきたいと思います。
邪道の王道、マンガの陰陽
前巻のラストでサイコーとの交際をカミングアウトした亜豆。心ないファンに叩かれもしますが、「清い交際」が多くのファンに認められ、無事「REVERSI」のオーディションに望むことになります。
*1
前巻の書評でも書きましたが、『バクマン。』は読者に必要以上のストレスを与えないよう、困難の解決が非常にサクサク進みます。『バクマン。』が他の「マンガ家マンガ」ともっとも異なる点は、「マンガ家」を題材としながらも「マンガ家マンガ」特有の「陰」をほとんど描かず、「スポーツマンガ」のメソッドで描いているところです。
この点についてはこれまでも指摘してきましたが、この手法は「マンガ家マンガ」というジャンルに対しては非常に「邪道」です。マンガ家サイドから『バクマン。』を批判する人が多かったことも『バクマン。』という作品の異端さが現れています。一般的な「マンガ家マンガ」が「マンガ家は楽しくなんてない」という「アンチ王道」に基づく「陰」の土台で描かれているため、「マンガ家で夢をつかもう!」という「陽」が「邪道」になってしまう逆転現象が起きているのです。
当然ながら、マンガ家という職業は誰でもなれるわけがなく、またマンガ家で「在り続けること」がつらいと言うことはtwitterなどでの漫画家の方々の血の叫びを見るまでもなく自明ではあるのですが、それでも少年ジャンプの読者に「マンガ家」という「夢」を見せたと言う点が『バクマン。』が後世に「良い意味でも悪い意味でも語られるべき作品」として残り続けていくのではないかと思っています。*2
清々しいまでのジャンプの方程式
「REVERSI」オーディション本番。インターネットによる公開投票となりましたが、亜豆の演技が多くの観衆に評価され、見事にヒロインの座を「実力で」ゲットしました。
*3
『バクマン。』は少年ジャンプにおける「ジャンプシステム」そのものを赤裸々に描き、ともすれば読者の賛否両論を招くフックを多数仕込んではいるものの、作品そのものはいわゆる「努力・友情・勝利」をベタに描き続けてきた作品です。
ストーリーそのものだけ取り出してみると、「主人公二人がマンガ家を目指す」「ライバルと出会い成長する」「困難の末に夢をつかむ」という王道中の王道、まさに古き良き「少年ジャンプ」のマンガそのものであり、清々しいまでにジャンプの方程式に乗っ取っています。
まさに「原点回帰」とでもいうべきストーリー展開をてらいもなく描ききったところもまた、『バクマン。』が評価される点ではないかと思っています。
新たな切り口での「マンガ家マンガ」
「REVERSI」アニメ化決定。そして当初の予定通り、短期間での完結を進める亜城木夢叶。
完結に向けての服部と編集長との丁丁発止は、「これぞ『バクマン。』」という、ある種懐かしさを覚える展開でした。
そして新妻エイジをはじめとするこれまで登場した漫画家たちが、「REVERSI」完結に感化されさらなるレベルアップを目指す、という展開でひとまずの区切りとなります。
*4
個人的には、このシーンは最終巻のリアクションをとることではこれまでの仲間や敵を振り返るお約束なシーンではあるものの、やはりグッとくる名シーンだと思います。
『バクマン。』では、数多くの作中作が登場しました。
先日発売された『バクマン。ファンブック パーフェクト・コミック・プロフィール』ではそれらの作品の詳細が載っていますが、主な作品だけで22作、タイトルが出ただけの作品も含めるとなんと118作に及びます。
『バクマン。』そのものはこれまでの語っていたようにスポーツマンガのストーリー展開を根底に流していますが、さらに言うと登場するキャラたちが自身の作品同士をぶつけあう、「バトルマンガ」の要素も盛り込まれています。
これはそれぞれのマンガを器用に描き分ける、作画:小畑健の手腕があってこそですが、それぞれのマンガ家がそれぞれの作品を「スタンド」や「ペルソナ」のように乗り移り戦わせ、ときには付け替えるという非常にキャッチーな要素だったと思います。
以前twitterで戯言しましたが、それこそカードゲームにすれば一儲けできるぐらいのアイデア。『バクマン。』はマンガ家マンガでありながら、いわゆる王道の漫画家マンガ以外の要素を多分に取り入れた漫画だったといえます。
つまるところ、『バクマン。』は漫画家という題材を「スポ根マンガ」や「バトルマンガ」で味付けするという邪道な手法をとりながらも、ストーリーそのものは主人公二人の成長や挫折、恋愛などの「青春」という「王道」を描く*5、これまでの「漫画家マンガ」の「真逆」を意識した作品だといえるでしょう。
メタからベタへ
亜豆がヒロイン役をゲットし、サイコーは伯父である川口たろうの残したノートに沿って彼がやり遂げられなかった「夢」を自身が叶えようとします。
亜豆さん
僕達のマンガがアニメになって
そのヒロインを亜豆さんがやる!
その夢が叶った”から”
結婚してください!!!
一巻と同じセリフ。そして今度は夢が叶った後の言葉。
*6
亜豆は改めてプロポーズに答え、『バクマン。』は見事に大団円を迎えます。
この最後の展開が、『バクマン。』そのものを象徴している気がします。
「メタからベタへ」は槙田雄司『一億総ツッコミ時代』で提唱された概念です。
●槙田雄司『一億総ツッコミ時代』星海社新書 - 三軒茶屋 別館
本書で著者は、「ツッコミ過多な時代だからこそ、勇気をもって”ボケ”に転じよう」「メタではなく”ベタ”を愛そう」と、「あえてツッコまれること」の大切さを訴えかけますが、『バクマン。』もまた、連載当初の「ジャンプシステムというルールをうまく使っていかに成り上がっていくかを描く、マンガ業界を「メタ」に見る漫画家マンガ」というスタンスから、「マンガを題材に少年二人が夢をつかむ「ベタ」な青春マンガ」へとシフトしていきます。
この「ベタ」に舵をきることでNHKで原作最終話までアニメ化されたり、ジャンプへの持ち込みを増加させる「バクマン効果」を生み出したりとより多くの人に影響力を与える存在となってきました。もちろん、「「ベタ」に向かうこと=「メタ」好きな読者を切り捨てること」にもつながるわけで、連載当初の味が好きなファンは離れていったことと思います。
そういう意味ではこの『バクマン。』というマンガの通った道筋そのものもまた『バクマン。』とリンクする、きわめて面白い存在であるのかな、などと思っています。
これにて『バクマン。』20巻完結。
途中、新妻エイジとの「これからのライバル関係の継続」をしっかりと描き、また「亜城木夢叶」というペンネームをつけた香耶に対する感謝を描くなど、途中、やや間延びした部分はあるにしても、きっちり描ききった感がある堂々の完結でした。
『バクマン。』内でも新妻エイジの「CROW」や亜城木夢叶「REVERSI」など、「間延びせずに完結させることは美しい」と『バクマン。』読者に刷り込んだ上でのきっちりとした幕引き。これもまた作者のしたたかさを感じさせます。
前作『DEATH NOTE』に比べ、『バクマン。』は単行本含めた構成やストーリー展開、伏線っぽく見せる手法など、作者構成力が向上したような気がします。
だからこそ、「地味な題材」*7かつベタで単純な物語がジャンプの中堅マンガとして20巻まで続いたのだと思います。
「物語」よりも「マンガそのもの」をメタに評価することは邪道だとは認識していますが、それでもやはり、『バクマン。』というマンガそのものが邪道な王道としての「マンガ家マンガ」としていろいろな意味で「残って」いくのではないかと思います。
当blogで一つのマンガを1巻から完結まで追いかけていくということは非常に稀ですし、毎回毎回よくもまあ「作品以外」のところから話題をひっぱってこれたと人事のように感心してしまいます。つまるところ、『バクマン。』というマンガは毎巻毎巻「語りどころ」があった作品であり、そのフックがまた作品の強度を上げていたのではと思います。
自身も描いている「計算型」であるがゆえに「名作」という域には達しないかもしれませんが、まさに『DEATH NOTE』に続くスマッシュヒットを飛ばした「佳作」だと思います。
「信じれば夢は叶う」というベタな内容をてらいもなく描けたのは、やはり当作品が「少年ジャンプ」で連載されていたからでしょう。
『バクマン。』大団円に、心から拍手を送りたいと思います。大場つぐみ・小畑健の次回作にもおおいに期待します。
そしてここまで『バクマン。』書評におつきあいいただき、誠にありがとうございました。フジモリの次回作にも乞うご期待ください。
俺たちの戦いはこれからだ!(←台無し)
- 作者: 小畑健,大場つぐみ
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2013/01/04
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