『監禁探偵』(作:我孫子武丸・画:西崎泰正/マンサンコミックス)

監禁探偵 (マンサンコミックス)

監禁探偵 (マンサンコミックス)

 安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)とは、ミステリの分野で用いられる呼称で、部屋から出ることなく、あるいは現場に赴くことなく事件を推理する探偵、あるいはそのような趣旨の作品を指します(【参考】安楽椅子探偵 - Wikipedia)。
 こうした趣向は昔であれば情報収集に難点があったわけですが、ネットが発達した昨今では部屋にいながらにして様々な情報を入手することができますし、間接的に多くの人を動かすことができます。また、今の社会問題と結びつけることによって、ニート探偵や引きこもり探偵いった新たな探偵像も生み出されています。このように安楽椅子探偵は古くて新しいテーマであるといえますが、本書も安楽椅子探偵の現代版として新たな工夫が施されています。すなわちタイトルのとおり、監禁されている女性が探偵役を務めるという趣向です。ただ、せっかくのそうした趣向であればこそ、探偵役には部屋から出て欲しくなかったのですが、本書ではその点が徹底されていません。物語の展開上、仕方がなかったのかもしれませんが、正直残念です。
 主人公の男が監禁犯で、被害者として監禁されている女性が探偵役ということになりますが、この主人公がとにかくろくでもない変態です。この主人公が殺人事件に巻き込まれる過程にしてもストーカー紛いの自業自得ゆえですし、とにかく最低です。一方で、監禁されながらも主人公が殺人事件の容疑者にならないようにアドバイスをする探偵役の少女の考えというか性格も読めません。二人の関係は、主人公とヒロインであり監禁の犯人と被害者でもあり、そしてワトソン役と探偵という、実に奇妙でねじれた関係です。初期設定から想像されるほど露骨なエログロ描写があるわけではありませんが、とにかく全体的に歪んだお話です。歪んでいるがゆえに、シンプルな理屈が映えます。
 とはいえ、ミステリとしてのネタは短編向きの小粒なものです。それが、漫画という表現媒体によって過不足のない作品に仕上がっています。これは、本書が短編小説の引き伸ばしであるという意味ではありません。小説であれば丹念に描写しないとアンフェアになってしまうののの、だからといって丁寧に描写してしまうと犯人が容易になってしまうというジレンマが生じることがあります。その点、漫画という表現媒体であるがゆえにそうしたジレンマがあっさりクリアさrています。そこは巧いと思います。
 とにかく変態でろくでもない主人公ですが、終わってみればムニャムニャという結末を迎えるのは納得の行かない気もしないではないのですが、これはこれで独特の余韻があるといえばあります。絵柄もトリックも地味目で物足りなさも残りますが、まあこれはこれで、といったところです。