『大きな森の小さな密室』(小林泰三/創元推理文庫)

大きな森の小さな密室 (創元推理文庫)

大きな森の小さな密室 (創元推理文庫)

 本書は、2008年に刊行された『モザイク事件帳』の改題文庫版です。”一癖も二癖もある探偵たちが、様々なタイプの事件を解決する、寄せ木細工(モザイク)をイメージして構成されたミステリ連作集”(本書p349より)です。
 目次によりますと、「大きな森の小さな密室 犯人当て」「氷橋 倒叙ミステリ」「自らの伝言 安楽椅子探偵」「更新世の殺人 バカミス」「正直者の逆説 ??ミステリ」「遺体の代弁者 SFミステリ」「路上に放置されたパン屑の研究 日常の謎といったタイトルが並んでいます。一見すると、ミステリの様々なお約束に著者が挑んだ連作短編集のように見えます。それはそれで間違いではありません。間違いではありませんが、なんでしょう、この、「これじゃない」感は(苦笑)。
 とりあえず、「大きな森の小さな密室 犯人当て」は普通にミステリしてます。悪くいえば凡庸ともいえますが、とにもかくにも犯人当てとして真っ当なミステリです。「氷橋 倒叙ミステリ」もちゃんと倒叙しています。ただ、トリックはちゃちですが一応現実性があって、にもかかわらず解決がかなりの力業なのがアンバランスで逆に面白いです。弁護士が探偵役になるというのも、物語の展開を考えれば面白い倒叙(inverted)です。
 「自らの伝言 安楽椅子探偵は、プロットだけなら実は一番きちんとしたミステリではないかと思われます。ただ、作中で紹介される「水からの伝言」(水からの伝言 - Wikipedia)というニューサイエンスなるオカルトをパロったタイトルからして作者のおふざけと皮肉を読み取れます。また、倫理観ゼロのキャラクタが探偵役を務めていることもによって論理性が際立っているのがこの場合は逆に好印象です。更新世の殺人 バカミスは、確かに紛うことなきバカミスです。ただ、今の若い人はご存じないかもしれないので一応リンク貼っときますが、その昔こんなことがありまして……(旧石器捏造事件 - Wikipedia)。
 「正直者の逆説 ??」は、個人的には本書において本作が一番のバカミスだと思うのですが、バカミスじゃなくて別のお題がテーマです。「本短編作品中、犯人以外の登場人物は決して故意に嘘を吐くことはない」(本書p187より)という前書きから始まるロジック先行型のトンデモミステリです。ちなみに、ふと思ったのですが、人間じゃなければ嘘を吐いてる可能性があるということかしら?などと考えるとますますややこしくなってきますね(苦笑)。「遺体の代弁者 SFミステリ」は著者らしさが存分に発揮されているSFミステリです。殺人事件の被害者の脳の海馬をスライスして生きている人間の海馬に接続することで被害者の記憶を呼び起こして証言させるというSF的アイデアから、倫理観そっちのけの論理的思考によって意外な真実と犯人が導き出されます。
 そして、「路上に放置されたパン屑の研究 日常の謎。「路上に放置されたパン屑」という些細な出来事から紡ぎ出される推理によって導き出される”騙り”の真実。日常とは何かを考えさせられる作品で、悔しいですがしんみりした気持ちにさせられます。
 著者らしさを存分に堪能できる一方、ミステリとしてはバラエティに富んだ作品集です。巻末には「小林泰三ワールドの名探偵たち」という人物紹介ページも付いてますし、著者のファンであれば必読書だといえるでしょう。