『シリンダー世界111』(アダム=トロイ・カストロ/ハヤカワ文庫)

シリンダー世界111 (ハヤカワ文庫SF)

シリンダー世界111 (ハヤカワ文庫SF)

 2009年フィリップ・K・ディック賞受賞作品。
 〈AIソース〉と呼ばれる人工知性集合体が深宇宙に建造したシリンダー型巨大ステーション111(ワンワンワン)。天地が逆転した特異なステーション内で、111に生息する「ウデワタリ」という独自の生物を研究していた職員が何者かによって殺されるという事件が発生した。事態を重く見たホモ・サップ連合外交団は参事官アンドレア・コートを派遣することにしたが……。といったお話です。
 本書はSFミステリです。もっとも、このSFミステリという言葉については少々説明を要します。、『SF九つの犯罪』の中で、アシモフはSFミステリについて次のように述べています。

 作家は、その架空社会のすべての境界条件を、丹念に読者に説明しなければならない。その社会でできること、できないことを、明確にしなくてはならない。そうした境界が決定されたところで、つぎに探偵の見聞きしたすべてを読者に見聞きさせ、探偵のつかんだ手がかりのすべてを読者に知らせなければならない。読者を混乱させるために、目くらましやにせの手がかりを使ってもよいが、いかにその社会が奇異であっても、なおかつ読者が探偵の先を越して解答に到達できるだけの余地を残しておかなくてはならない。
(『SF九つの犯罪』p11より)

 こうした条件を満たしている作品のことをアシモフは「SFミステリ」と呼び表わしているのですが、この条件ですとSFに限らずファンタジーの場合にも当てはまり得ることになります。なので、ファンタジー・ミステリの場合にはファンタジック・ミステリや幻想ミステリと呼ぶことで区別が図られている場合があります。
 一方、本書は字義どおりのSFミステリです。つまりSFでありミステリでもある作品であり、換言すれば狭義のSFミステリであるともいえます。
 とはいえ、まずはSFとしての側面に圧倒されます。独立ソフトウェア知性集合体〈AIソース〉。通常のシリンダー世界は「機動戦士ガンダム」のスペースコロニーよろしく回転による遠心力によって擬似重力を生じさせています。つまり、シリンダーの外側が居住地となるのが普通ですが、〈AIソース〉が建造したシリンダー世界111ではなぜかステーション内の回転軸に居住地が設けられています。つまり、「空に落ちる」構造となっているのです。そんな特異な環境の中で生息しているのが「ウデワタリ」と呼ばれるチンパンジーの親類のような腕の筋肉が異様に発達した知覚生物。外交団と年季奉公契約。そして、人類と異星種族との実験的共同体で暮らした過去を持つアンドレア・コート参事官。そんな物質的にも文化的にもSF的な世界観に生きる特異な人々の苦悩は、しかしながら決して突飛なものではありません。むしろ極めて生々しくて身につまされるものがあります。そういう意味では世知辛いSFだといえます(苦笑)。
 そんな独特な世界観のなかで捜査を行なうことになるアンドレアですが、彼女の捜査には始めからいくつかの制限が設けられます。その際たるものが、もっとも怪しい存在であるにも関わらず、政治的な理由から〈AIソース〉を無実とする結論を導き出すよう指示を受けます。捜査官でありながら外交官でもある彼女の立場は、彼女が背負っている過去の業によって極めて微妙なものになっています。そんな微妙さゆえに本件の捜査を任されることになったのだといえますが、その捜査自体も思うようには進みません。それでも少しずつ真実は明らかとなっていきます。その真相は二段構えのものだといえますが、直接的な事件の真相については、むしろクラシカルなものだといえます。そもそも、「ウデワタリ」という知覚生物の存在がポーの『モルグ街の殺人』(青空文庫『モルグ街の殺人事件』)を想起せずにはいられません。そうしたクラシカルな題材をSF的設定と様々に結びつけたという意味において本書は読むべき点がいくつもあるといえます。
 間接的な真相、すなわち事件の背景であり最も深刻な問題である〈AIソース〉との関係。それは、ミステリ的には作者と登場人物との関係となぞらえることができます。すなわち「操り」のテーマであり自由意志の問題でもあります。詳細をここで述べるわけにはいきませんが、”統合思念体”といった単語に反応しちゃう方であれば本書を読んでも損はしないでしょう。
 ちなみに、タイトルにある111という数字について。111を2進法と捉えて10進法に直すと8です。つまり堂々巡りの数字です。また、独立した1が3つ集まって111という数字となっているという意味に理解することもできます。
 SF読みにもミステリ読みにもオススメしたい一冊です。

SF九つの犯罪 (新潮文庫 ア 6-1)

SF九つの犯罪 (新潮文庫 ア 6-1)