『長い長い眠り』(結城昌治/創元推理文庫)

長い長い眠り (創元推理文庫)

長い長い眠り (創元推理文庫)

 部長は考えているうちに、しだいに興奮してきた。考えたことはすべて仮説である。しかし、すべての捜査は仮説から出発する。一つの疑問が一つの仮説を要求し、さらに仮説の要求する事実に向って、刑事たちの足が動きだすのだ。
(本書p42より)

 本書は、『ひげのある男たち』に続く郷原部長刑事シリーズの2作目に当たります。郷原部長刑事シリーズとはいいますが、郷原部長刑事が活躍しているのかといえば、正直言って微妙です。いや、頑張ってはいますけどね(笑)。
 個人による捜査ではなく組織による捜査という現代警察の基本にして常識的な手法に沿って物語は展開します。なので、郷原部長刑事以外の刑事たちもたくさん登場します。それぞれが証拠や証言を入手しては仮説を立て、それらをディスカッションした上で次なる方針が立てられて、それを基に刑事たちは再び捜査を開始します。犯人が見つかるまでこれを繰り返すことになりますが、捜査によって容疑者たちも右往左往させられますし、警察もまた右往左往することになります。
 そうしたなかにあって、郷原部長を主役たらしめているものは何かといえば、警察のもとに集められてくる情報を整理して読者に提示する役割を担っているからです。クイーンよろしく、作者と読者をつなぐ”読者への挑戦”としての役割、つまりは踏み台です(笑)。もちろん、その整理自体にも遺漏があるかもしれず、そこは作者の腕の見せどころにして読者としても気の抜けないところではありますが、作中でも用いられている馬券の組み合わせの比喩のごとく、明らかにされているデータをどのように組み合わせるのかを楽しむ面白さがあります。
 推理や論理においては合理性といったものが大事とされますが、だからこそ、合理性から生まれる不合理というものがあります。条理を描こうとすれば不条理が生まれてきます。その逆もまたしかりです。
 浮気性の社長の死。そこには金と女という分かりやすい動機が生じる条件が揃っています。だからこそ、どのパターンが正解なのかを見つけ出すのに苦労することになります。
 ”ズボンを吐いていない男の死体”という本書の事件の一番の特徴をそう処理するのか? というのにはある意味驚きましたし脱力もしましたが、でもそれを憎めないものとして受け入れてしまうのも、シリアスとユーモアの間を巧みに行き来する独特の作風による部分が大きいです。
 ミステリとしては前作には及びませんが、それでも探偵役になれそうでなれない郷原部長刑事という少々ズレた視点から眺めるミステリの風景はやはり少々ズレていて、そこは変わらぬ面白さです。本書から入るのもよいですが、前作が気に入った方には強くオススメしたい一品です。
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