『犬は勘定に入れません』(コニー・ウィリス/ハヤカワ文庫)
本書を紹介するに当たって警告しておかなくてはならないことがあります。それは『月長石』(ウイルキー・コリンズ/創元推理文庫)のネタバレです。古典的な名作なので知ってて当然という感覚で書かれたのかもしれません。しかし、海の向こうの読者事情は生憎と分かりませんが、日本の読者にとっては不意打ちになる恐れは否定のしようがありません。なので、ミステリのネタバレが気になる方は予め『月長石』を読まれておくことを強くオススメします。
また、本書は『ドゥームズデイ・ブック』(コニー・ウィリス/ハヤカワ文庫)の3年後を舞台としたタイムトラベルものの姉妹作に当たりますが、一部の登場人物が共通する以外を除いて物語は独立しています。『ドゥームズデイ・ブック』がシリアスなバイオハザードものであるのに対し、本書はコミカルでロジカルなタイムトラベルものです。なので、本書から読み始めてもまったく問題ありませんのでご安心を。
本書は、21世紀と20世紀を何度も行ったり来たりするハチャメチャなタイムトラベルSFです。主人公のネッドはオックスフォード大学史学部の大学院生ですが、1940年に大聖堂にあったはずの”主教の鳥株”を探すように命じられて疲労困憊の極みにあります。過度なタイムトラベルは、タイムトラベラーに時差ぼけならぬ時代差ぼけ(タイムラグ)という症状を引き起こします。現状の認識が困難になって感傷的になりやすいといった情緒不安定な状況に置かれた主人公の視点から物語が始まるので、読者にも何が何やらさっぱり分かりません。タイムラグによって任務の続行が不可能になったネッドは無理やり現代(2057年)に戻されます。その現代ではタイムトラベルの根幹に関わる大問題が発生していました。それがいったい何なのか、タイムラグの症状に悩まされているネッド(と読者)にはなかなか伝わってこないのですが、とにもかくにも休養をとらなければならないネッドは、任務から逃れるための緊急避難として再び過去へタイムトラベルさせられることになります。その際、”簡単な任務”をダンワージー先生から言い渡されますがタイムラグで認識力が低下しているネッドは途方に暮れることになります。しかし、やがて思考や事情がはっきりとしてくるのに従って、事態の深刻さと解決しなければならない問題が徐々に明らかになっていきます。
タイムトラベルの理論を根底から覆してしまったとされる出来事。それは一匹の猫です。シュレーディンガーの猫(参考:シュレーディンガーの猫 - Wikipedia)めいた歴史の混乱、時空連続体の存亡がかかった危機。その一方で、ネッドやヴェリティには本来の任務もあります。それはどちらも過去の歴史の調査ということになりますが、本来あるべき歴史を知らずしてタイムパラドックスの問題を理解することはできません。カオス理論。神は細部に宿る。いったい何が歴史に影響を与えているのか。暗中模索の時間旅行です。
タイムトラベルと恋愛ものはとかく相性がよいですが、本書もその例に漏れません。タイムトラベルによって錯綜する時間の流れが人と人との出会いといった運命の問題を表現するのに適しているから、などが挙げられる思いますが、本書では過去のある人物の結婚相手を突き止めることが任務のひとつになっています。しかし、タイムトラベルと恋愛ものといった観点から鳥瞰しますと、本書ではさらにせせこましくも壮大な真相が用意されています。タイムトラベルを題材としたSFではありますが、一方で混乱した時間の流れがあるべき流れへと収束していくことで因と果の関係が明らかとされていくミステリでもあります。作中の随所にクリスティをはじめとするミステリのタイトルが挙げられているのは伊達ではありません。
何だか堅苦しい紹介になってしまいましたが、本書は基本的にコメディ・ユーモア小説です。ただでさえ時間の流れが混乱しているのに、過去も現代もトラブルの種は尽きなくて、さらには犬や猫にも引っ掻き回されて、ネッドも他の登場人物もてんやわんやです。物語冒頭の分かり難さこそ難点ではありますが、そこさえ乗り切ってしまえばあとはSFファンのみならず多くの方の楽しんでもらえる作品だと思います。広くオススメの逸品です。
【関連】『ボートの三人男』(ジェローム・K・ジェローム) - 三軒茶屋 別館
また、本書は『ドゥームズデイ・ブック』(コニー・ウィリス/ハヤカワ文庫)の3年後を舞台としたタイムトラベルものの姉妹作に当たりますが、一部の登場人物が共通する以外を除いて物語は独立しています。『ドゥームズデイ・ブック』がシリアスなバイオハザードものであるのに対し、本書はコミカルでロジカルなタイムトラベルものです。なので、本書から読み始めてもまったく問題ありませんのでご安心を。
本書は、21世紀と20世紀を何度も行ったり来たりするハチャメチャなタイムトラベルSFです。主人公のネッドはオックスフォード大学史学部の大学院生ですが、1940年に大聖堂にあったはずの”主教の鳥株”を探すように命じられて疲労困憊の極みにあります。過度なタイムトラベルは、タイムトラベラーに時差ぼけならぬ時代差ぼけ(タイムラグ)という症状を引き起こします。現状の認識が困難になって感傷的になりやすいといった情緒不安定な状況に置かれた主人公の視点から物語が始まるので、読者にも何が何やらさっぱり分かりません。タイムラグによって任務の続行が不可能になったネッドは無理やり現代(2057年)に戻されます。その現代ではタイムトラベルの根幹に関わる大問題が発生していました。それがいったい何なのか、タイムラグの症状に悩まされているネッド(と読者)にはなかなか伝わってこないのですが、とにもかくにも休養をとらなければならないネッドは、任務から逃れるための緊急避難として再び過去へタイムトラベルさせられることになります。その際、”簡単な任務”をダンワージー先生から言い渡されますがタイムラグで認識力が低下しているネッドは途方に暮れることになります。しかし、やがて思考や事情がはっきりとしてくるのに従って、事態の深刻さと解決しなければならない問題が徐々に明らかになっていきます。
タイムトラベルの理論を根底から覆してしまったとされる出来事。それは一匹の猫です。シュレーディンガーの猫(参考:シュレーディンガーの猫 - Wikipedia)めいた歴史の混乱、時空連続体の存亡がかかった危機。その一方で、ネッドやヴェリティには本来の任務もあります。それはどちらも過去の歴史の調査ということになりますが、本来あるべき歴史を知らずしてタイムパラドックスの問題を理解することはできません。カオス理論。神は細部に宿る。いったい何が歴史に影響を与えているのか。暗中模索の時間旅行です。
タイムトラベルと恋愛ものはとかく相性がよいですが、本書もその例に漏れません。タイムトラベルによって錯綜する時間の流れが人と人との出会いといった運命の問題を表現するのに適しているから、などが挙げられる思いますが、本書では過去のある人物の結婚相手を突き止めることが任務のひとつになっています。しかし、タイムトラベルと恋愛ものといった観点から鳥瞰しますと、本書ではさらにせせこましくも壮大な真相が用意されています。タイムトラベルを題材としたSFではありますが、一方で混乱した時間の流れがあるべき流れへと収束していくことで因と果の関係が明らかとされていくミステリでもあります。作中の随所にクリスティをはじめとするミステリのタイトルが挙げられているのは伊達ではありません。
何だか堅苦しい紹介になってしまいましたが、本書は基本的にコメディ・ユーモア小説です。ただでさえ時間の流れが混乱しているのに、過去も現代もトラブルの種は尽きなくて、さらには犬や猫にも引っ掻き回されて、ネッドも他の登場人物もてんやわんやです。物語冒頭の分かり難さこそ難点ではありますが、そこさえ乗り切ってしまえばあとはSFファンのみならず多くの方の楽しんでもらえる作品だと思います。広くオススメの逸品です。
【関連】『ボートの三人男』(ジェローム・K・ジェローム) - 三軒茶屋 別館