『ディーン牧師の事件簿』(ハル・ホワイト/創元推理文庫)

ディーン牧師の事件簿 (創元推理文庫)

ディーン牧師の事件簿 (創元推理文庫)

「神はどんなことだってできるのです、リック」ディーンは冷静に言った。「しかし、何が原因かを結論づけるには、検視報告書を見てからでないと」
「お言葉を返すようですが、あなたは事実だけを重要視しているようですね。しかしわたしたちにとっては信仰が全てではないでしょうか」ジョンが言い返す。「論理的に鋭く分析するのは実にすばらしい。でも、わたしたちクリスチャンには、もっと深い見識があるはずです」
「正直に言わせてもらいますが」ディーンは反論した。「あなたの意見には賛成できませんな。論理的でない信仰は好ましいものではない、わたしは長年そう考えてきました。ここの土台が理にかなっていれば、多少理解できない部分があっても、信仰を通して、何事も信じようと思えるものです。しかし、あなたの意見は信仰そのものだけに重きを置いている」
(本書p224〜225より)

 80歳を迎えたのを機に牧師を退任し愛犬とともに静かな老後を送るサディアス・ディーン。のはずだったが、彼のもとには次々と不可解な殺人事件の謎が持ち込まれ……といったお話で、本書には短編6話が収録されています。
 プロローグで紹介される主人公像からして、80歳という高齢ゆえの身体的な不自由を抱えながらも事件を捜査していく、という展開を予想していたのですが、身体的にも頭脳的にも極めて健康なので、この点では設定が活かされているとはいえません。ただ、妻に先立たれ子供もいないということによる孤独を抱えてはいます。思うに、名探偵特有の観察眼は孤独ゆえの達観に支えられている部分があるのではないでしょうか。
 その代わりといってはなんですが、元牧師という設定は十二分に活かされています。信仰の篤い元牧師でありながら、奇跡や超常現象といった解釈を容易に認めることなく証拠と論理的思考に基づいて事件を解決しようとします。そんな信仰と探偵的思考の両立が、無宗教者の私としては個人的に楽しめました。
 本書に収録されているのは「足跡のない連続殺人事件」「四階から消えた狙撃者」「不吉なカリブ海クルーズ」「聖餐式の予告殺人」「血の気の多い密室」「ガレージ密室の謎」の6作です。全体的には、巻末の福井健太の解説での”洗練されたミステリを読みこなし、批評的な視点を備えた人であれば、トリックの古めかしさ、必然性の乏しさ、法医学的な疑問などをあっさりと看破するはずだ。”(本書p361)という評価に頷かざるを得ません。ディクスン・カーのファンが今どき書いたアマチュア作品の秀作といった内容です。なので、この内容で1000円超え*1はちと損したかも……と正直思ったのですが、最後の「ガレージ密室の謎」を読んで少し印象が変わりました。なんというバカミス(笑)。ただ、もしもその方法で体内温度を上昇させてその部分が焦げているのだとしたら、ディーンの指摘を待つまでもなく検視の時点で気づくだろ、というツッコミを突っ込まざるを得ないのですが、そんなの気にならないくらいのバカミスです。いやー読んでよかった(笑)。
 いまいちな出来ではあるのですが本格ミステリ読み的に応援したくなる、そんな短編集です。

*1:定価1000円+税です。