『少女ノイズ』(三雲岳斗/光文社文庫)

少女ノイズ (光文社文庫)

少女ノイズ (光文社文庫)

 欠落した記憶を抱え殺人現場の写真を撮ることに執着する青年・高須賀克志。そんな彼がバイト先で出会ったのは両親をつなぎ止めるために優等生を演じている孤独な少女・斎宮瞑。
 斎宮瞑は”いつきのみや・めい”と読みますが、斎宮といえば斎王の御所、もしくは伊勢神宮の斎王である斎宮を思い浮かべる方も多いかと思われます(参考:斎宮 - Wikipedia)。
 時代ミステリの傑作『七姫幻想』森谷明子双葉文庫)所収「朝顔斎王」は斎王*1が主人公の作品です。興味のある方は是非読んでみて欲しいのですが、そこで描かれている斎王は、神の御杖代となり潔斎と礼拝を捧げることを役割としています。神の言葉を聞き神へ言葉を届けることを役割としているために、世俗とは一線を画した暮らしを送っています。本書の探偵役である斎宮瞑も、そんな斎王に近い雰囲気をまとっています。学校では優等生を演じ、予備校ではひとり屋上で佇む。もっとも、斎王は穢れに近づくことは禁忌とされているのに対し、瞑は好んで穢れである殺人に近づき犯人を狩るという点で、両者は決定的に異なります。
 そんな瞑に犯罪という話題を提供することで、孤独を和らげ外界との接点を持たせるのが本書の語り手である高須賀克志(通称スカ)です。ミステリにおいては変人(探偵)と凡人(ワトソン役)という組み合わせが典型的ですが、本書のワトソン役は「殺人現場の写真を集める」という他人の理解を得るのが難しい趣味を持っています。立派な変人です。もっとも、彼がそのような趣味を持つに至った理由は第一話で解明されるのですが、その真相に鑑みますとあまり変人変人と囃し立てる気にはなれません。
 探偵役とワトソン役というのはミステリにおいてストーリーを展開させる上で非常に便利な役割分担ではありますが、本書の場合にはそうした役割を超えて互いに必要とし合っています。有川浩が本書の解説で「ミステリ部分、ぶっちゃけどうでもよかった」(本書p344より)と書いてまでキャラ読みとしての魅力を強調している所以です。
 とはいえ、一応ミステリ読みとしてはミステリ部分を「どうでもいい」で済ませるわけにはいきません(笑)。というわけで少々拾い上げることにしますが、第1話で明らかとなるとおり、本書の語り手は信用できません。いや、基本的に一人称描写の語り手はあんまり信用できないのですが、本書の場合には故意にというわけではないのですが、観察者の観察の限界、語り手の語りの限界というものが意識的に描かれていて、そこを探偵役が埋めていく、という仕様になっています。そのため推理のモチベーションがいまいち上がらないのですが、それでいて明らかになる真相が衝撃的だったり鮮烈だったりする場合があったりするので勿体ない気がします。もっと証拠や伏線に気を使えばミステリとしてのクオリティもかなり上がったように思うので、そこが少々残念ではありますが、ミステリとしての魅力がないというわけでは断じてありません。本書は全5話の構成ですが、第2話、第3話、第4話の真相はなかなかに捻くれていて面白かったです。
 詮無いことですが、富士見ミステリー文庫から出てたらなぁ、と思った一冊です。
【関連】ミステリと恋愛についての駄文 - 三軒茶屋 別館

*1:ただし、こちらの斎王は賀茂神社の斎王、つまり斎院ですが。