『まもなく電車が出現します』(似鳥鶏/創元推理文庫)
- 作者: 似鳥鶏
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2011/05/29
- メディア: 文庫
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本シリーズの主人公である「ぼく」こと葉山くんは、ミステリでいうところのワトソン役と呼ばれる役割を担っています。ただ、そんな葉山くんも『さよならの次にくる』において探偵役に近い役割をこなしていますので、単純にワトソン役と断じるわけにはいかないのですが、本書に限っていえばワトソン役ということになるでしょう。
ワトソン役という言葉はミステリを語る上での頻出用語ですが、では実際のところワトソン役とはいったい何なのか。私見ですが、一言でいえば他人のために生き、助ける存在じゃないかと思います。そもそもワトソン役とは、その名の通りコナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」シリーズに登場するワトソンがその由来です。そして、ワトソンの役割といえば探偵役であるホームズの助手に他なりません。
ワトソン役の助手としての役割は、直接的に探偵を助けるばかりでなく間接的に補助する役割も担っています。本書の冒頭にて葉山くんは自らがを「事件を吸い寄せている」(本書p11より)存在であることを自覚しています。また、本書の探偵役である伊神は葉山くんのことを「君が一番鋭いから訊いておくけど」(本書p83より)と評しています。本シリーズでいえば伊神は葉山くんに吸い寄せられた謎を解くことによって探偵役としての存在を維持しているわけですが、その謎は、確かに葉山くんが吸い寄せているという一面もありますが、葉山くんが謎、つまりは不思議を発見する能力に秀でていることの証しだと評価することもできるでしょう。同様のことはいわゆる「日常の謎(日常の謎 - Wikipedia)」と呼ばれる北村薫の「円紫さんとわたし」シリーズや米澤穂信の「古典部」シリーズ*1にもいえます。特に、「古典部」シリーズのワトソン役*2である千反田えるの決め言葉(?)「わたし、気になります」はそうした特性が端的に表現されたものだといえるでしょう。
また、ワトソン役について「ノックスの十戒」では次のようなことがいわれています。
9・ワトソン役は彼自身の判断を全部読者に知らせるべきである。
又、ワトソン役は一般読者よりごく僅か智力のにぶい人物がよろしい。
(ホームページ移転のお知らせ - Yahoo!ジオシティーズより)
「ノックスの十戒」においては、読者の推理を助ける存在としてワトソン役の役割が強調されています。加えて、ワトソン役を務める登場人物は語り手の役割を担っていることも多いです。語り手の語りにはフェアプレイが要求されます。それはメタ的には読者のためですが、作中で行われている推理ゲームが探偵対犯人のものであるとすれば、ワトソン役が助けているのは探偵だけでなく犯人もまた助けているのだといえるでしょう。
このように、探偵のために、犯人のために、そして読者のために存在しているのがワトソン役です。そんなワトソン役の成長を描くとすれば、『さよならの次にくる』のようにワトソン役から探偵役へのステップアップという描き方もあると思うのですが、何よりも、他の誰のためでもなく自分のために生きて積極的に行動を起こすことこそが求められると思うのです。「今日から彼氏」はそんなお話だと思います。
【関連】
・『理由あって冬に出る』(似鳥鶏/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館
・『さよならの次にくる〈卒業式編〉 』(似鳥鶏/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館
・『さよならの次にくる〈新学期編〉 』(似鳥鶏/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館
・『いわゆる天使の文化祭』(似鳥鶏/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館