『Rのつく月には気をつけよう』(石持浅海/祥伝社文庫)

Rのつく月には気をつけよう (祥伝社文庫)

Rのつく月には気をつけよう (祥伝社文庫)

「他人のちょっとした仕草や、短い言葉からその心の内を推察するのは難しいですね」
(本書p83より)

 本書巻末の解説で田中芳樹も述べていますが、ミステリと飲食物はとかく相性がよくて、料理が得意な探偵やグルメな探偵というのは結構います。理由としては、料理というのは意外と論理的で原因と結果がハッキリとしているので推理の対象とし易かったり、あるいは犯罪を暴く頭脳はあっても実際に犯罪を行なうわけにはいかない探偵の能力の矛先を料理の腕前の方に向けてみたり、日常的なものでありつつも薀蓄を盛り込みやすかったり、日常的なものでありながらときに特別な意味を持つことがあったり、などが考えられます。本書もそんなグルメ・ミステリの一作として位置づけることができます。
 長江、熊井、夏美の三人にゲストが1名というメンバー構成で行なわれる飲み会。主要人物三人は酒の肴を用意する係とお酒を用意する係と飲み食いする係(笑)に分けられますが、ミステリ的には探偵役とワトソン役と語り手と配役が割り振られていて、そこに「謎」を持ち込むのがゲストの役回りです。
 本書で話題となる「謎」はすべて食べ物の話題という形で表れる恋愛の物語です。これもまた本書の特色ではありますが、飲食物と恋愛もまた相性がよいです。例えば有名グルメ漫画美味しんぼ』などは食べ物と恋愛のお話だけでどれだけ連載が続いたか分かりません(笑)。それだけ食べ物が人間関係を深めたり計ったりするのに大切な要素だということなのでしょう。本書はミステリという論理の物語と恋愛という感情の物語とを飲食物を媒介とすることで、軸足自体はミステリ側に置きつつも巧みに調和させています。

Rのつく月には気をつけよう

 表題作。タイトルから連想されるとおりカキがテーマのお話。生ガキは当たると本当に怖いですが(経験者談)、それに添えられている恋物語はほろ苦くもしゃっきりとした後味です。……ちょっとグルメ漫画みたいな表現をしてみましたが無理がありますかそうですか。

夢のかけら 麺のかけら

 チキンラーメンなどという極めて貧乏臭い庶民的な食べ物を酒の肴にするのが本書のよいところですが、まさに乾燥した麺にお湯をかけてふっくらとさせたかのようなお話です。

火傷をしないように

 そのとおりだといわんばかりに、明日香が強くうなずく。わたしが好きになったのは、そんな人ではないと。けれど強くうなずいた本人が、仕返しをされたと思いこんでいるわけだ。矛盾があるけれど、それに気づかないのが恋愛というものだろう。
(本書p100より)

 思うにツンデレとは答えが分かりきっている問題に悩む人物の様子をニヤニヤと楽しむための属性なのだろうとどうでもいいことを思ったり。

のんびりと時間をかけて

 収録作中の白眉。豚の角煮というサイコロに込められた意味を読み解く傑作。真相といい解決といい配慮が隅々まで行き届いたお話です。

身体によくても、ほどほどに

 ぎんなんの民間療法についてのお話。考えすぎもほどほどに。

悪魔のキス

 まったく関係ないですが、海老アレルギーと聞くと将棋ヲタ的には谷川浩司九段を思い出します(笑)。閑話休題。果たして生のエビに火が通ったのかそれとも……。

煙は美人の方へ

 掉尾を飾る区切りのお話は燻製の話題から今まで煙に巻かれていた事柄(?)が明かされます。主要人物のミステリ的配役が逆転すると同時に意外な(?)結末までの展開はお見事の一言に尽きます。