『ポーカーはやめられない』(オットー・ペンズラー編/ランダムハウス講談社文庫)

 ポーカーと犯罪を組み合わせた短篇を集めたアンソロジーを編纂するに際して、私がなにより驚いたのは、そのようなアンソロジーがこれまでに一度も編纂されていなかったという事実だ。犯罪と相性のいいテーマなるものがもしあるとすれば、それはやはりギャンブルだろう。なのに、ポーカーはギャンブルのうちにはいらないと思っている人がいるようなら、その人は七歳の子供である。掛け金がマッチ棒でも愉しめる人である。
本書p9「序文」(オットー・ペンズラー)より

 ポーカー・ミステリのアンソロジーです。
 ポーカーというゲームは、アメリカではかなりの人気ゲームのようです。本書p16以下のハワード・レダラー「まえがき」によれば、2003年にテレビ中継されたワールド・ポーカー・ツアーにおいて、伏せたカードを視聴者に見せるホール・カード・カメラという手法の導入によってポーカーを観戦する面白さが増しました。さらに、その年の優勝者が参加費40ドルのオンラインゲームから経験を重ねてついには参加費1万ドルのワールドシリーズまで登りつめ世界クラスのプレーヤーを打ち破って世界チャンピオンとなり賞金250万ドルを手にしたという、まさにアメリカン・ドリームを体現したことによって、ポーカーはたちまちメディア・センセーションを巻き起こした、とのことです。さらに、ポーカーは古くからアメリカの文化に溶け込んでいます。”一流の(ブルー・チップ)””なけなしの金(ボトム・ダラー)””責任逃れ(パス・ザ・バック)””公明正大に(アバブ・ボード)””公正な取引き(スクウェア・ディール)”といった表現の起源となっているのがポーカーです。
 このように、アメリカ人にとってポーカーは身近なゲームです。なので、ポーカー・ミステリのアンソロジーといっても直接的にポーカーを扱ったものばかりとは限りません。当blog読者がポーカーを題材としたお話と聞くと、おそらくはジョジョ第3部の対ダービー兄戦や『マルドゥック・スクランブル』(冲方丁/ハヤカワ文庫)『彼女はQ』(吉田親司/電撃文庫)などを思いつかれるかもしれません。そうした作品と比べますと、本書の作品群は必ずしもポーカーを真正面から扱っているものばかりではありません。駆け引きやブラフ、ガットショット*1やリヴァー・カード*2といった展開やプロットに焦点を当てるための道具としてポーカーが用いられている作品もあります。
 以下、各作品について簡単な雑感。

ミスター・ミドルマン(ウォルター・モズリイ/田口俊樹・訳)

 仕組まれたポーカー、必ず儲かるポーカーをプレーすることを依頼されたミドルマン。ところが……。ポーカーも人生も不完全情報ゲームです。

突風(ジェフリー・ディーヴァー田口俊樹・訳)

 ある程度の地位は得たものの現状に満足できない人間を集めて行なわれる生放送番組『ゴー・フォー・ブローク(一発勝負)』。それは参加者自身が元手の25万ドルを用意して行なうポーカー・ゲームです。勝てば大金だけでなく”突風(追い風)”を獲ることができるが……。ポーカーとテレビ業界のルールが絡み合う傑作です。

一ドルのジャックポットマイクル・コナリー田口俊樹・訳)

 ボッシュが担当することになったのは被害者もその夫もプロのポーカー・プレーヤーという殺人事件。ポーカー・プレーヤーと刑事の駆け引きが楽しめる佳品です。

ストリップ・ポーカー(ジョイス・キャロル・オーツ田口俊樹・訳)

 弱いと思っていたカードが実は強かったり、ブラフで相手を惑わしたり。一人の少女が人生について悟る瞬間がポーカーとの出会いによって描かれています。

元手(サム・ヒル/黒木章人・訳)

 運と実力と元手。ギャンブルにおいて勝敗を左右する3つの要素ですが、その中の元手に焦点が当てられている本作は、ポーカーというゲームを真正面からどっぷりと描いています。本書収録作中の白眉だと思います。

ポーカーはやめられない(パーネル・ホール/喜須海理子・訳)

 私立探偵スタンリー・ヘイスティングズがポーカーのゲーム中に起きた殺人事件。被害者の冥福よりもポーカーを続けることに興味がある面々を相手とした奇妙な捜査が楽しいです。

ヴィクトリア修道会(ルーパート・ホームズ/田口俊樹・訳)

 言葉というカードの出し合い・化かし合い。社内政治というゲームは恐ろしいです。

イーストヴェイル・レディーズ・ポーカー・サークル(ピーター・ロビンスン/田口俊樹・訳)

 ひと月に一度、四人か五人で食べたり飲んだりしながらポーカーを楽しむ集まり〈イーストヴェイル・レディーズ・ポーカー・サークル〉。バンクス主任警部が担当することになったのは、その集まりの最中に起きた参加者の夫の殺害事件。ゲームの場は企みの場でもあります。

ソフィアの信条(ローラー・リップマン/井本由美子・訳)

 大人への階段を上がる少女、という観点から、「ストリップ・ポーカー」との対比が面白いです。

お遊びポーカー(ジョン・レスクワ/濱野大道・訳)

 ポーカーの勝敗は偶然が大きく左右します。しかし、警察の世界には偶然は存在しない――そんな信条を持った警官が自らの過去と向き合うお話です。

朝のバスに乗りそこねて(ロレンゾ・カルカテラ田口俊樹・訳)

 自らの手元にあるカードの価値を見定められなかった男の悲劇。「見えない人の手牌を読むより見えてる自分の手牌を失敗しないことの方が何倍も大事だ」。ポーカーについてもいえる金言ですね。

*1:真ん中の一枚が欠けているストレート。

*2:テキサス・ホールデムで最後にめくられるカード。