『カラスの親指 by rule of CROW’s thumb』(道尾秀介/講談社文庫)

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)

「あのですね、理想的な詐欺はですね、相手が騙されたことに気づかない詐欺なんですよ。それが完璧な詐欺なんです。でも、それと同じことがマジックにも言えるかというと、これが違う。まったく反対なのです。マジックでは、相手が騙されたことを自覚できなければ意味がないのですよ」
(本書p219〜220より)

 第62回日本推理作家協会賞受賞作品。
 人生に敗れ詐欺で生計を立てているタケとテツの中年コンビ。そんな彼らの生活に一人の少女が入り込む。やがて同居人は増え5人と1匹の奇妙な同居生活が始まったが、悲惨な過去が彼らの生活を脅かし始める。彼らは詐欺師として一世一代の大計画を企てることにするが……。といったお話です。
 確かに、主人公のタケを始め、彼らはそれぞれに苛酷な過去を背負っています。なので、詐欺師としての生活もそれなりに分からないでもないのですが、それでも細々と日々の暮らしを営んでいる一市民として、そんな詐欺師としての彼らの活躍に全面的に感情移入して読むことはできかねるのが正直なところです。それでも、物語が進むにつれて彼らの活躍を読むのが止まらなくなるのは、彼らが自分たちを追い込んだ存在と戦うことを決意するからで、つまり悪いやつ対もっと悪いやつという構図のなかで相対的に彼らが正しくなるからです。すなわち、詐欺師が自らの気持ちを騙すことをやめるための詐欺。それが本書の一大計画です。で、最後の最後には意外な展開と納得の一文*1が用意されています。さすが、というのはあまりにも憎たらしい程に計算された内容です。これだから人気作家は……(←褒め言葉です)。
 騙し騙されのコンゲームはいわゆる普通の意味でのミステリとは少々異なります。すなわち、探偵の視点から語られる普通のミステリ的視点と犯人の視点から語られる倒叙ミステリ的視点とが交錯しています。果たして、どちらの視点に落ち着くことで物語は決着するのか。そんな緊張感こそがコン・ゲームの醍醐味であって、なのでコンゲームというのは本質的にはミステリよりもサスペンスに近しいのだと思います。いうなれば、詐欺がコンゲームでマジックがミステリ、ということになります。
 ですが、本書はコンゲームを描きつつも紛うことなきミステリです。上述した事情からコンゲームでありながらミステリでもある作品を書くというのはかなりの筆力が要求されると思うのですが、それがこれ程までに高いレベルで達成されているのですから見事というよりありません。オススメです。

*1:p493の14行目です。