『はじまりの島』(柳広司/創元推理文庫)

はじまりの島 (創元推理文庫)

はじまりの島 (創元推理文庫)

 1835年9月、英国海軍船ビーグル号が立ち寄ったガラパゴス諸島。島に上陸したのは船長を始めとする乗員11名だったが、その中の一人であった宣教師が何者かの手によって絞殺される。若き博物学ダーウィンは事件の解決に乗り出すが……。というようなお話です。
 ダーウィンが進化論(参考:Wikipedia)の着想を得るきっかけとなったガラパゴス諸島は、周囲から隔絶された独特の生態系を築き上げていました。そうした状況を「孤島もの」のクローズド・サークルとしてミステリの舞台に利用しているところが単純ながらも面白いです。また、作中で発生する連続殺人のトリックのほとんどは残念なものですが(笑)、なかにはガラパゴス諸島ならではのトリックもあります。ガラパゴス諸島という舞台がミステリとしてきちんと活かされています。
 不可解な殺人事件の発生によって曖昧模糊としていた世界が、謎が解かれることによってそれまでと違った姿を見せてくる。そんな世界観の反転・酩酊感がミステリの魅力のひとつとして語られることがありますが、本書は謎→解決というミステリの構造によるそうした世界の反転という現象が、進化論による世界の反転と衝撃とに見事に連結されています。そんな連結に加えて、植民地支配における西洋人と原住民との文化の衝突という構図をも織り込むことによって、物語が奥行きのある重層的な構造になっています。
 ミステリと進化論とを連結させるために、本書では史実にもいくつかの改変が施された上で、フィクションとしての殺人事件が発生します。巻末の解説にもあるとおり、世界初のミステリとされるポーの『モルグ街の殺人』が発表されたのが1841年です。本書はそれよりも前に発生した事件であるにもかかわらず、不在証明(アリバイ)といったミステリ用語やミステリ的な考えがダーウィンから披露されるのはフィクションならではですが、それは作中のダーウィンの役割が第一に探偵役であることからの必然であるともいえます。ダーウィンに探偵という役割が与えられているからこそ、探偵としての宿命をも背負うことになります。
 だからこその30年に渡る沈黙です。ミステリの探偵役はなかなか答えを言おうとしないのがお約束ですが、そんなお約束と安直に連想付けるにはあまりに長くて重い沈黙です。その中身も答えも作中で直接に明かされることはありませんが、イメージとしてしっかりと読者に手渡されます。
 ミステリとしての仕組みと進化論というテーマとが有機的に結び付いた傑作だと思います。オススメです。

(以下、ほんの少しだけ既読者限定で。)
 『種の起源』が提唱する進化の正体とは、自然選択によってその適応者が生き残るという法則です。そんな生存闘争という名のデス・ゲームにおいて生き残るのは果たして殺人者なのか? 本書の殺人の理由を”動機”として考えるといまひとつ消化しにくいですが、クローズド・サークルものが抱えるデス・ゲーム性への問題提起の発露として考えると非常に落ち着きがよいのではないかと思ったりしました。