『因果―捜査班』(麻生俊平/徳間文庫)

因果―捜査班 (徳間文庫)

因果―捜査班 (徳間文庫)

 まだ、何も見えていない。犯人の目的が本当に金なのかどうかさえ。
 そして、犯人を包囲するはずの捜査線は、あちこちで切れ、ほつれているように思えた。
(本書p118より)

 傑作ライトノベル「ザンヤルマの剣士」シリーズの作者として(私の中で)有名な麻生俊平の警察小説「捜査班」シリーズの第2弾です。
 刑事事件において因果といえば、まずは行為と結果、もしくは、動機と行為との因果関係という意味合いが想起されることでしょう。とある事件について、その結果がどのような行為によって引き起こされたのか。どのような動機に基づいて行なわれたのか。それを突き止め、そのための証拠を集めるのが捜査の基本です。つまり、事件についての因果関係を解きほぐし真実を明らかにすることが刑事の仕事であるといえます。一方で、事件についての真実が不明なままになってしまいますと、それは「不運な巡り合わせ」や「いやな運命にあるさま」という意味での因果として周囲に影響を与えることになります(参考:逸走(いっそう)の意味 - goo国語辞書)。
 本書で九辻署の面々が扱うことになるのは誘拐事件です。前作で事件やその扱い方などが散々地味だ地味だと書いちゃいましたが、本書の事件である誘拐の手法はなかなかにアクロバティックで面白いです。犯行自体はアクロバティックであったとしても捜査自体はやはり地味というか堅実で、しかし、やはりそこは本シリーズの良さというか特徴として評価すべきでしょう。ただし、やはりその解明は地道な捜査が第一であって、閃きや推理といったものはお呼びではありません。なので、誘拐ミステリとしての過度な期待は禁物なのはあらかじめお断りしておきます。
 本書では誘拐の実行犯(?)*1や計画者や刑事たちの口から、自分たちの置かれている状況や組織、ひいては今の日本の社会や政治への不満といったものがちょくちょく語られます。なかには鼻につくものもあれば青臭かったりアホ臭かったり厨二病っぽいものもあったりしますので、そういうのが苦手な方に本書はオススメできません。
 ただ、そうした理屈や論理が自分たちの仕事や生活に影響を及ぼしてるとなれば、やはり思わずにはいられないこととか言わずにはいられないこととかあって、だとすれば何とかならないものかと思いつつ、けれども何ともできない袋小路のもどかしさといったものを誰しも抱えながら生きていることでしょう。それを踏まえた上で、犯罪者と刑事たちとの分水嶺を描くのが本シリーズのひとつのテーマだといえます。
 組織的な捜査によって事件の解決が図られるなかにあって、徹底して犯人側の立場から物事を考えて真相を突き止める辻浦の捜査手法は異彩を放っていますが、しかし、その辻浦には前作で読者にのみ明かされている因果に回収されていない過去があります。因果の輪から外れてしまった者は誰かを理解することはできても、誰からも理解されることはありません。それ故の孤独こそが辻浦の因果(報い)ということになるのでしょう。
 小田桐や高城はこれから警察官としてどのような成長を見せるのか。そして、辻浦は答えを見つけ出すことができるのか。シリーズものとしての展開にも注目です。
【関連】『完黙―捜査班』(麻生俊平/徳間文庫) - 三軒茶屋 別館

*1:刑法的にいえば、おそらく間接正犯ということになるでしょうね(参考:間接正犯-Wikipedia)。