『チャーリー・チャンの活躍』(E・D・ビガーズ/創元推理文庫)

チャーリー・チャンの活躍 (創元推理文庫 122-1)

チャーリー・チャンの活躍 (創元推理文庫 122-1)

 東京創元社文庫創刊50周年記念フェア芦辺拓の推薦で復刊された作品です。
 そもそもの原書が刊行されたのが1930年で邦訳されたのが1963年です。で、本書はそのときの訳文そのままだと思われますので、作品の内容のみならず訳文にも古めかしい点が多々あります。そういうのも含めて古典的ミステリの雰囲気というものを楽しむことができます。
 本書はいろいろと変わっている点があります。まずは連続殺人事件の発生の仕方ですが、世界一周観光旅行の旅先の途中途中で殺人事件が発生するのです。この事件を当初から捜査することになるのは、第一の事件が発生したロンドンの刑事・ダフ上席警部です。これが単なる国内旅行でしたら捜査は簡単です。ところが、世界一周旅行中なだけに、関係者を国内で足止めしておくのにも限界が生じてきます。世界旅行の参加者はすべてアメリカ人なので、証拠もないまま容疑者を拘束するようなことをしたら外交問題に発展してしまいます。なので、結局は世界旅行の続行を認めざるを得ないのですが、その旅先のフランスやイタリアでも殺人事件が発生します。犯人が旅行者の中にいるのは明らかなのにもかかわらず、ダフ上席刑事は彼らを徹底的にマークして捜査を行なうことができません。それでも彼は可能な限りの情報を収集して、何とか事件の真相を突き止めようとします。とはいえ、海外で発生した事件についてのダフ上席刑事の事件の関わり方は最初の事件で外交問題を気にした割には比較的ルーズなものです(笑)。ですが、巻末の訳者解説でも述べられているように、

 全体にみなぎる古風な味も楽しい。推理小説も犯罪捜査も、イギリスが世界一という時代であり、アメリカ人の方が敬意を表している。(本書p393〜394より)

というような読み方をすれば納得です。
 本書では探偵役も変わっています。タイトルからも分かるとおり、本書の探偵役はチャーリー・チャンというホノルルの警察に勤務している中国人です。ところが、物語の中盤まで主役を務めるのはダフ上席警部なのです。上述のとおり、ダフ主席警部は困難な状況下でも必死に捜査を続けます。しかし、ある事情によって捜査を続けることが困難になり、チャーリー・チャンに後事を託すことになります。一言で探偵小説といっても、探偵のスタイルは様々です。本書においてはダフとチャーリー・チャンの2人が実質的な探偵役といえますが、ダフがハードボイルドものに多く見られる追跡型の探偵役を務めたことになる一方で、チャーリー・チャンはそれを元に推理して事件を解決する探偵らしい探偵の役割を果たしたということになります。また、上述のような「推理小説はイギリスが世界一」というような雰囲気があるにもかかわらず、それがまったく嫌味なものになっていないのは、中国人への解決役の引継ぎという展開があるからでしょう。あるいは、そこには「ノックスの十戒」の第五条と同じく、中国人が安易に悪役を任されるような風潮への反発もあったのかもしれません。いずれにしても、ミステリの伝統を守りながらもさらに多くの人に楽しく読んでもらえる作品を書いていこうという決意が感じられるプロットにはとても好感が持てます*1
 ただし、事件の解決そのものは、あれだけたくさんの出来事があったにもかかわらず、「えっ? そんなことが発端になって解決しちゃうの?」というダフ上席刑事が可哀相なくらい拍子抜けのものなので、正直いってミステリとしてはあまりオススメできません。世界殺人旅行を気軽に楽しむのが正しい読み方だと思います(笑)。



 ちなみに本筋とは関係ありませんが、本書には次のような描写があります。

 ダフは口がきけなかった。片手を延ばして、エレベーターの閉まったドアを夢中になって開けようとした。物に動ぜぬこのフランス人の発明品は、断固として動き続けていく。ダフはたまらない思いだった。
(本書p162より)

 これは作中での殺人事件発生直後の一場面ですが、エレベーターについて随分と大げさな表現がなされています。もっとも、今となっては身近に存在するエレベーターもかつては珍しい時代があったはずなわけで、そう考えればこうした表現にも納得です。
 この文章を読んで思い浮かんだのがエラリイ・クイーン『フランス白粉の秘密』です。国名シリーズで知られる一冊ですが、『フランス〜』について語るときによく言われるのが「フランス関係なくね?」というものです。私もずっとそう思っていました。ですが、言われてみれば『フランス〜』の舞台はデパートで、その見取り図にはエレベーターが描かれています。そして、本書も『フランス〜』も原書の刊行されたのは1930年なのです。なので、もしかしたら『フランス〜』においてフランスを象徴しているのはエレベーターじゃないのかなぁ?というようなことを思いついたのですが、自信があるわけでもありません。考えすぎだといわれればそれまでですが(笑)、何かご存知の方がおられましたらご教示いただければ幸いです(ペコリ)。

フランス白粉の秘密 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ク 3-34)

フランス白粉の秘密 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ク 3-34)

*1:チャンの部下である日本人刑事・カシマの人物造形が少々おかしいですが、あまり気にしない方向で(笑)。