『誘拐児』(翔田寛/講談社文庫)
- 作者: 翔田寛
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/08/12
- メディア: 文庫
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昭和21年の夏。5歳の男の子が何者かに誘拐された。身代金の受け渡し場所に指定されたのは有楽町の闇市の雑踏。屈強な刑事が何人も配備され包囲は万全に思えたが、犯人の仕掛けた策略にまんまとはまってしまい、身代金を奪われてしまう。しかも人質の男の子は帰ってこないままに……。それから15年。とある女性の殺人事件をきっかけに、止まっていた誘拐事件の捜査も再び動き出す……といったお話です。
昭和21年に起きた誘拐事件は20ページにも満たないプロローグで語られているのですが、誘拐犯の狙いが当時の世相・事情を巧みに利用したものでなかなか好印象です。で、それから15年後。20歳になる青年が母親の死によって自らの身元に疑問を持って恋人といっしょに母親の過去を調べだします。一方、とある女性の殺人事件から過去の誘拐事件が再び浮かび上がってきます。誘拐事件と殺人事件という二つの事件と過去と現在という因と果。それぞれの軸が互いに引かれ合うかたちで一点に収束していく構成はサスペンスフルで読み応えがあります。場面転換も巧みで読者を飽きさせることなくページをめくらせます。
昭和21年という終戦から1年も経っていない混乱期と、それから15年後の日本の世相や捜査事情といったものもそれなりに描かれています。昭和21年の闇市の様子や解放国民といった問題について、踏み込みすぎずにさらりと語るバランス感覚は巧みです。また現代(昭和36年)パートでは、恋人同士として付き合ってるのに相手の男性の身体にタバコを押し付けられた火傷のあとがそこかしこにあるのを知らない、といった点に当時の奥ゆかしい貞操観念が垣間見えるようで面白く思いました。
原因があるから結果がある、といった単純な構成ではなくて、過去の事件と現在の事件が互いに関連しあう構成だからこそ、最後にクローズアップされる親子の関係の問題と結論についてもそれなりに納得できます。総じて、よくできたお話だとは思います。
ただ、巻末の解説(佳多山大地)でも触れられていますが、過去の事件が掘り起こされることになる一連の過程があまりにもご都合主義なのは否めません。解説ではそれなりにフォローされていますが、結果的にミステリとして小粒な作品になってしまっているのは否めません。もうひとつ何か残るものがあってもよかったんじゃないかなぁと、どうしても思ってしまう作品です。