『嘘つきは姫君のはじまり―ふたりの東宮妃』(松田志乃ぶ/コバルト文庫』

 悲劇の夜、空に浮かぶ月と湖に映る月のように、殺す者と殺される者は同じ顔をしていた。
(本書p14より)

 「平安ロマンティック・ミステリー」と銘打たれている本シリーズですが、本書は常々作者があとがきでぼやいてきたようにロマンス全開となっております。なので、私のようなミステリ読みにとっては幕間というか箸休め的な内容なのですが(コラコラ)、作者自身が書いてて恥ずかしくなってノートパソコンの前から逃げ出した、というのは多分本当でしょう。今巻と次巻あわせて「飴と鞭編」で今巻が「飴編」というのにも納得の甘々な仕草やら言葉やらの連発には胃もたれを通り越していっそ清々しいくらいです。
 とはいえ、物語の方は一気に動き出す気配を見せてきました。そもそもの事件の発端となった大姫がいよいよ登場します。いったい過去に何があったのか?後宮の勢力図はいったいどのように変化するのか?やがて訪れるであろう宮子が決断を迫られる時までの道筋が着実にでき上がりつつあります。どちらを選ぶにしろ。波乱と修羅場が予想されるだけに、本書はクライマックス直前の「溜め」として期待を否応なく抱かせます。続きがとても楽しみです。
 ただ、前作で少し使われた瞳術(催眠術)が、本書ではさらに幅を利かせてきたのが個人的に気になります。なぜなら、ミステリで催眠術が乱用されると動機や行動原理などが安直なものになったり、あるいは安易な操りが横行して安っぽい黒幕が登場したりする懸念があるからです。
 反面、ロマンスの観点からは、暗示によって与えられる恋と本物の恋の違いなど、恋とは何かを考えさせてそっち方向の物語を推進させるための道具として機能しているのは確かです。なので、作中における催眠術の意義を一概に否定するわけにはいかないのですが、それでも、過度な催眠術の使用は恋愛面での心情の機微を損なう危険があるんじゃないかなぁと危惧せずにはいられません。まあ杞憂に終わると思いますが……。
 次巻は「鞭編」とのことですが、いったいどのような展開を見せるのか。もしかしたらミステリ色は薄めかもしれませんが、でも、宮中での陰謀劇は過熱しそうですし、そうなると虚実入り混じった駆け引きといった知的ゲームが繰り広げられそうで、それならそれで楽しみです。大姫の思惑は?宮子の選択は?
 ……でも、ミステリ成分も多めだと嬉しいなぁ(ボソッ)。
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