『嘘つきは姫君のはじまり―姫盗賊と黄金の七人〈後編〉』(松田志乃ぶ/コバルト文庫』

 前編で大きく広げられていた風呂敷が本当に畳めるのか興味津々でしたが、結論からいえば見事に畳まれてました。
 百舌殿と後宮と2箇所に分断されて物語が進むことになりましたが、百舌殿では連続殺人事件、後宮では五衰の鏡の謎解きと、かえってミステリとしての論点が整理されていたように思います。
 五衰の鏡の謎は途中から思わぬ展開を見せましたが、謎の捉え方が変わることによって解決の道筋もまた変わっていく過程が面白かったです。連続殺人事件の謎解きは、どちらかといえば論理よりも知識の問題ですし、そもそも全体的に駆け足なのもあり、動機などの点も含めて消化不良の感は否めません。ただ、平安時代という特色を活かしたトリックが用いられている場合には、舞台設定を何とか活かそうとする工夫が垣間見えるので、たとえ少々無理が感じられるものであったとしても個人的には好感が持てます。また、両者の謎が最後には一点に収束する構成もよくできていると思います。
 百舌殿と後宮とに主要人物の活躍が分断されたことによって、普段は扱いの悪い人物、特に真幸の出番が多いのが本巻の大きな特徴だといえます(笑)。三角関係の恋愛ものとしてどのような結末を迎えることになるにせよ、真幸の影が薄いままでは面白くありませんからね。それでいて、後宮の方はいつも以上に宮子と次郎の君、蛍の宮といった人物たちとの掛け合いが絶好調です。登場人物が多くなってしまった割には本書のそうした魅力が疎かにされてはいなくて、相変わらずの面白さです。
 とはいえ、やはり詰め込み過ぎで、作者自身があとがきで述べているように、連続殺人事件といった謎解きそのものは本巻でなんとか解決したものの、シリーズものとしての進展は思ったほど進まずに、次巻へ持ち越すことになってしまいました。ですが、一方で本巻においても仕込みがいくつもなされていますので、結果として続きがより楽しみな展開になったといえるのではないでしょうか。
 ちなみに、本書カバー折り返しにイラスト担当の四位広猫の”「ここ描きたい! けど指定がない!」と身悶えしたシーンがあります。”という言葉があって、それは多分あの場面だろうな、というのは大方の読者が推測するところでしょう。にもかかわらず、本巻でそのシーンに指定がなかったのは、視点というものを大事にしているからでしょう。本巻は三人称複数視点描写が採用されているため、視点人物の輪郭がイラストによって可視化されたりしても不自然ではありません。ですが、視点人物が決して見ることのできない場面を可視化してしまうと、ミステリとしての内容に齟齬が生じてしまう可能性があります。視点人物からの視線が及ばない場面については描かないという配慮が、その場面を指定から外させたのだと思います。もっとも、一番の理由は、やはりイラスト化してしまうのは野暮だという判断でしょうけどね。身悶えするくらいで丁度よいと思います(←違うシーンの話だったら赤っ恥の大爆笑ものですが。)ライトノベルとイラストというのは非常にデリケートな関係にあると思いますが*1、本シリーズは実に良好な関係を築いているといえるでしょう。
 もう連続殺人とかやんない、とはあとがきでのお言葉ですが、個人的には結構楽しみにしてますので、謎解きも上手に絡めて物語を紡いでいただけたらなぁと思っています。
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