『嘘つきは姫君のはじまり―少年たちの恋戦』(松田志乃ぶ/コバルト文庫)

「正直にいえば、ぼくは幼いころにきみの立場を何度か羨んだことがあったよ。
 母上と日の宮と、『怨霊の孫』だのなんだのいう世間の声から隠れるようにして暮らしていた昔には、陽の当たる場所にいる弟のきみが、何もかもに恵まれた存在に思えたんだ」
 蛍の宮は肩をすくめた。
「でも。いまはつくづく東宮位になり自分を幸運だと思えるね。
 右をむいてもかけひき、左を向いてもかけひき。きみはまったくがんじがらめだ。身内あいてにも計算して、腹を探り合って。ぼくならごめんだよ、そんな面倒極まりない立場は……」
(本書p197〜198より)

 期待通り、というわけではありませんが、本書ではいよいよ東宮が宮子の秘密をあばくための行動を開始しました。とはいっても、通常のミステリの探偵役のように単に秘密を探り出すためだけに動いているわけではありません。宮子(二条の姫)を東宮妃にと望む彼の目的上、秘密を探る必要はあってもそれを公けにするわけにはいきません。そもそも、東宮の妃の問題はどうしても政治的な事情が優先されます。なればこそ、東宮は単に真相を明らかにするだけでなく、真相を「作る」必要があります。嘘×嘘=真実、というのは単純に過ぎる図式だとは思いますが、探偵役にして犯人役、という難しい役割をこなさなければならないのが東宮という立場ゆえの難しさです。本書の副題が「少年たちの恋戦」とあるのは、まさに本書の妃問題が東宮にとって大人になるための試練だからでしょう。
 東宮と真幸の対峙は三角関係の恋敵同士の対面という大事な場面ですが、背景にある信頼関係にはフェアプレイの精神を見て取ることができます。騙し合いや駆け引きはあっても分かり合えることがあれば道は開けますが、分かり合うことができないときには不幸が訪れます。嘘や駆け引きを駆使するのは自分の意志を通したいからで、つまりは誰かに操られるのではなく自分の意思で自分の人生を生きて行きたいからで、そこに操りのテーマを見出すのであれば、恋愛とミステリというのはあながち相性の悪いものではないということもいえるでしょうか*1
 少女小説レーベルらしく(?)恋心を繊細に描きつつ政治的な事情が絡んで事態は混迷を深めつつ、それに四切刀を狙う悪党の動きが今後どのように物語に関わってくるのか気になります。そもそもシリーズ全体としてどのような結末を迎えるのか。ロマンスと政治的問題どの妥当な落としどころが現状では私には見えません。今後の展開が非常に興味深いです。
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