『嘘つきは姫君のはじまり―寵愛の終焉』(松田志乃ぶ/コバルト文庫)

「ぼくはきみを手放さない。本当のこころを隠したまま逃げられるなんて思わないで欲しい。何がきみを躊躇わせているの。きみがぼくの腕に身を委ねられない、本当の理由は、何?」
「ほ、本当の理由なんて、何もないわ」
「まだその嘘を続けるつもりなんだね。いいよ、きみが本当のことをいわない限り、ぼくも、きみの中をこうして探ることをやめないから」
(本書p64より)

 ミステリとロマンスのバランスに毎回苦慮されている本シリーズですが、本書はとうとうミステリなしのロマンス一色となりました。なので、ミステリ読み的にはあまり語ることがなかったりします(笑)。とはいえ、ミステリと恋愛とが並行するお話自体はさほど珍しくないですが、その途中でミステリ的要素がここまでスパッと抜け落ちるというのは。日ごろミステリばかり読んでいる人間としては逆に新鮮で、これはこれで楽しめました。さすが少女小説レーベルです。
 それに、ミステリ的要素がない、というのもよくよく考えれば嘘でしょう。本書でワトソン役や探偵役など「あばく側」に立ってきた宮子ですが、元をただせば嘘に加担することで宮中に入り込んだわけです。なので、本書のごとく「あばかれる側」に立つ展開というのは必然だといえます。このとき、探偵役が備える鋭さや傲慢さを体現することになるのが東宮の振る舞いですが、皇太子という立場と相まってそれが非常に巧みに表現されていると思います。宮子の嘘が、何が伏線となってどのようにしてあばかれるのか。そんな倒叙ミステリめいた展開が今後は期待されることになります。
 まあ別にそんなミステリ的な読み方を無理にする必要もなくて、あとがきにもあるように遅くきた初恋に暴走気味のプリンスのアプローチと、それに翻弄される宮子とのロマンスを普通に楽しめばよいでしょう。史実と虚構のバランス、歴史小説としての背景・価値観と現代の読者のそれとをいかに汲み取って納得のいく結末を迎えるのか。登場人物たちの立ち位置や想いも整理されてきて、物語がいよいよ佳境を迎えているだけに、先々の展開もいろいろと気になります。ミステリ的展開に期待しつつも、物語の流れを素直に楽しみにしたいと思います。
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