『嘘つきは姫君のはじまり―姫盗賊と黄金の七人〈前編〉』(松田志乃ぶ/コバルト文庫)

 シリーズ初の前後編ということで、本来なら後編まで読んでからあれこれ書くのが本筋だとは思うのですが、面白かったので前編の段階で紹介したくなっちゃいました(笑)。
 そもそもこの作者には長文志向があるらしくシリーズ既刊も文字でびっしりと埋まっていましたから、前後編でじっくりと物語を作って人物を書き込んでいくスタイルは合っているのではないかと思います。

「コメディ」と「ロマンス」と「殺人(ミステリー)」。この三つを重すぎず軽すぎず楽しく読ませるためには相当の力量が必要なのだなあ、と思い知らされました。
(本書あとがきp302より)

とは作者の弁ですが、3巻が面白かったので期待はますます高まりますし、本書についても前編として”掴み”の役割は十分に果たせていると思います。後編がとても楽しみです。
 「コメディ」としては、主要キャラクタが基本的に陽性な人物なばかりなので会話だけでも十分に楽しいのですが、市井で育った宮子や馨子、生粋の宮中育ちの有子姫、そして本書で登場する悪党たちの住む裏の世界といった個々人の世界の常識や倫理観といったズレが、そこはかとない笑いを生みつつも物語に深みを与えることにもつながっています。春秋党という悪党たちが登場したことで登場人物が一挙に増えましたが、それらの人物を馨子がいずれ書くかもしれない体験記の元ネタとすることで、読者にも自然な形で簡潔に情報を整理してくれてるのが巧みです。
 「ロマンス」というのは、古来よりミステリーとは相性の悪いものとされてきました。もっとも今となっては時代遅れの価値観だとは思いますけれど、それでもやはりミステリーと並び立ってしまうとロマンスが軽視されてしまう傾向にあるのは否めないと思うのですが、それでは少女小説のレーベルでやってはいけないでしょう。その点、恋愛模様の行く末が本シリーズの軸であることが本書のあとがきで明言されておりまして、実際ヒロインの宮子が誰と(というより、どちらと)くっ付くのかは予断を許さないと思います。どちらとくっ付いても幸せと苦悩が待っているのは間違いなくて、基本的には恋愛ものに興味のない私のような読者でもそれなりに興味を引かれます。
 「殺人(ミステリー)」としては、本書はかなり頑張っています。衆人環視の中での毒殺。密室での焼死。それらをつなぐ『秋草七鳥図』の見立て。さらに「五衰の鏡」の謎。これだけの見事な風呂敷を広げられてしまうと本当に畳まれるのか少々不安ではありますが(笑)、それでもやはり楽しみです。「五衰の鏡」探しまでの展開はどちらかといえば力業の感は否めませんが、それをまとめ上げてしまった筆力には感嘆させられます。
 平安ものとしては歴史上の大人物が新キャラとして登場しましたので、その人物が今後の物語にどのように絡んでいくのかも気になります。色々な意味で続きが待ち遠しいです。
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