『タイムアウト』(デイヴィッド・イーリイ/河出文庫)

 本書は、2003年に晶文社より刊行された『ヨットクラブ』の改題*1・文庫化です。中編「タイムアウト」の前後をそれぞれ7編の短編が挟むという全15編収録の本書ですが、非常に質の高い作品集です。
 以下、作品ごとの雑感を。
 〈理想の学校〉。軍隊式の規律に厳格な学校。アイデアの切れ自体はそれ程でもありませんが醜悪さは印象に残ります。〈貝殻を集める女〉。隠喩(と呼ぶには露骨かも?)がエロティックです。〈ヨットクラブ〉。生存競争を生き抜いてきたビジネスマンが引退後に求めるものは?正直いまいちピンとこなかったのですが、巻末の解説によればMWA賞を受賞してるとのことですし、アメリカ人には共感できる作品なのかしら?〈慈悲の天使〉。日常から少しだけ外れた奇妙な時間。最後の一行のためにあるといってもいいくらいの素敵な作品です。〈面接〉。会社に忠誠を誓わなければならないのは何も日本のビジネスマンに限りませんね(苦笑)。〈カウントダウン〉。短い字数の中にミステリ的興味とサスペンスと人間心理の綾とが込められています。傑作です。
 タイムアウトアメリカとソヴィエトの核戦争によって消滅してしまったイギリス。両国はイギリスの国と人と文化と、そして歴史と未来を再生させようと目論むが、歴史学者のガル教授はどうしてもその方針に賛同できず……。歴史とは何か?真実とは何か?といった問題を大胆な着想からシニカルに問い直す傑作です。
 〈隣人たち〉。善意が悪意へと転じる恐怖。〈G.O'D.の栄光〉。宗教と厨二病紙一重ですね。神だけに(笑)。〈大佐の災難〉。洒落にならない戦慄。隣人関係って本当に難しいですよね(苦笑)。〈夜の客〉。和解も別居もすることなく互いの存在を無視したまま生活している夫婦が始めたゲームが迎える何ともいえない結末。ありがちなキッカケから少しずつエスカレートしていく展開が痛々しいです。〈ペルーのドリー・マディソン〉アメリカニズムに対する風刺ですが、執筆時期から年月が経っている今読んでもそのまま通用してしまうのが何ともいえません。夜の音色〉。こういうのも”奇妙な味”であることには違いないと思うのですが、歪みをささやか奇跡のような幸せの刻として描いているのが巧みです。〈日曜の礼拝がすんでから〉。”恐るべき子供”にツイストの利いた恐怖がさらに上塗りされています。イーリイは本当に上手いなぁと感心させられます。〈オルガン弾き〉ボーカロイドなどが普及している現代にこの牧師が生きていたらいったいどう思ったのでしょうね(笑)。
 不思議な世界・奇妙な世界が描かれていますが、それは現実と無縁なものではありません。巻末の解説でも述べられていますが、少し足を踏み外したら、ひとつ違う角を曲がってしまったら、という微妙なバランス感覚で描かれています。その危うさが作品全体に緊張感を生み出しているのでしょうが、その背景には確かな技巧と豊かな着想があります。ハイレベルな短編集としてオススメの一冊です。

*1:表題作が「ヨットクラブ」から「タイムアウト」に変更されたということですね。「ヨットクラブ」と「タイムアウト」の出来栄えを考えると妥当な変更だと思います。