『赫眼』(三津田信三/光文社文庫)

赫眼 (光文社文庫)

赫眼 (光文社文庫)

 ホラーと本格ミステリを融合させた作風で知られている作者ですが、本書は基本的にはホラーに軸足を置きつつも、ときにミステリの趣向を取り入れたり、あるいはお馴染みのメタな手法が用いられることによって独特の短編集に仕上がっています。
 ホラーにおいてメタといえば現実と虚構との境界を曖昧とする怪談的な語りが思い浮かびます。ですが、本書の場合には、怪談のようで怪談ではないように思うのです。というのも、怪談の場合にはその着地点が基本的には虚構寄りの場合が多いと思われるのに対し、本書では現実寄りのものが多いのです。夢オチならぬ現実オチとでもいいましょうか。それがメタ手法の効果でもあります。異世界へのつなぎ方が非常に上手なのです。
 短編の合間に、著者が趣味で蒐集したという実話怪談(本当かどうか知りませんが)が4つ収録されているのですが、そうした構成も読者の現実感を揺らがせるのに一役買っています。実に憎らしいです。

赫眼

 一読した限りでは、正直作者が何をやりたかったのかよく分からなかったのですが、巻末の解説で本作が書き下ろしアンソロジー異形コレクション〉の『伯爵の血族 紅ノ章』(光文社文庫)という「吸血鬼」がテーマの作品集に収録されていたものだと知って納得。なるほど。確かに吸血鬼もので、言わずと知れたブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』が和風かつコンパクトにアレンジした作品となっていますね。

怪奇写真作家

 作者自身の経歴がそのまま物語の題材として描かれています。ノンフィクションからフィクションという趣向によって現実と虚構とがいつの間にか渾然としたものになってしまいます。

見下ろす家

 テーマは「オバケヤシキ」。お化け屋敷といえば、本作の冒頭でも述べられているように、普通は幽霊屋敷か廃墟の二つが考えられるでしょう。本作はそれらとは違った「オバケヤシキ」が描かれていますが、家自体を別の空間として捉える発想は、突き詰めるとホジスンの『異次元を覗く家』のような方向へ行ってしまうのでしょうが、本作はそこまで現実離れはしません。そこが著者らしさではありますが、ときにそれが枷となることもあるのかなぁと思ったりしました。

よなかのでんわ

 電話を通じての会話のみで成り立っている作品です。離れた相手と会話をしているはずなのに、いつの間にか身近に迫ってくるかの如き感覚の演出はさすがです。

灰蛾男の恐怖

 刀城言耶シリーズを書いているという語り手の”僕”が宿泊した山中の宿。そこで聞かされた不思議な昔話。蝙蝠男あるいは灰蛾男という、マントを広げて子供に襲い掛かるという設定から変質者というよりも変態さんを想像してしまったために恐怖よりも笑いが先にきてしまったのには困ってしまいましたが(笑)、とはいえ、本格ミステリとホラーの融合という三津田信三のイメージに一番近いのが本作です。

後ろ小路の町家

 何かよからぬ事情によって京都へと引っ越してきたEさん。小路によって別次元へと繋がってしまうという発想自体は作中でも述べられているようにSF的でもありホラー的でもありますが、Eさんの家庭の事情を不安定かつ不透明なものとすることによる雰囲気作りが巧みです。

合わせ鏡の地獄

 合わせ鏡に見えるものはいったい何なのか? 正体そのものは一言で言えてしまいますが、そこに相応の説得力と恐怖とが付与されています。確かに、鏡に映ってもおかしくありませんが、それでいて見てはいけないものであり、みたくもないものですね(苦笑)。

死を以て貴しと為す 死相学探偵

 死相学探偵シリーズの死相が視える能力を持った探偵・弦矢俊一郎が主人公の短編です。死相とはいったい何なのか。シリーズ未読の方にとってはイントロダクションとして格好の作品です。