『熱帯夜』(曽根圭介/角川ホラー文庫)

 第62回日本推理作家協会賞短編部門受賞作「熱帯夜」を含む3編が収録されている中・短編集です。

熱帯夜

 推理作家協会賞受賞作品ではありますが、まずはホラー文庫というレーベルに相応しい作品だと思います。猛暑日が続く8月の夜、ボクたちは凶悪なヤクザ2人に監禁されている。友人の藤堂は妻の美鈴とボクを人質にして金策に走るが、2時間後のタイムリミットまでに果たして戻ってくるのか?というあらすじだけ読みますと『走れメロス』みたいなお話を想像しますが、ストーリーは全然違う方向へと進んでいきます。ヤクザに監禁されているというだけでも最悪な状況なのですが、ここからさらに最悪が積み上げられていくのがホラーとして傑作です。一方で、視点の切り替え・カットバックの手法によってサスペンス性と意外性とが生み出されていますが、そうした構成は確かにミステリ的です。
 本書のオビには”ホラーとミステリ奇跡の融合”とあります。両者の融合を図ったものとして、三津田信三に代表される虚実の境を曖昧にすることで両ジャンルを結び付けているものがありますが、本作はそうした作品ではありません。メタな手法を用いることなく「真夏の夜の悪夢」を意地悪く描き出しています。

あげくの果て

 少子高齢化社会と格差社会が極端なかたちで実現した社会。物語の世界観はSFとも思えるものですが、その設定自体は決して荒唐無稽なものとはいえません。敬老主義と排老主義との対立が鮮明化している社会。敬老主義を極端に推し進めようとする過激な組織「ギン」と、反対に過激な排老主義組織「アオ」という、方向性が真逆の組織が政治的活動(ときどきテロ)を行っている社会。老人も若者も貧困にあえぐ社会。医療費・社会保障費問題の解決策としてスタートした高齢者徴兵制度ですが、しかしてその実態は……。老人と大人と若者と、三つの世代を代表する三人の視点が平行的に語られる近未来世界はディストピア小説の傑作だといえるでしょう。

最後の言い訳

外資系保険会社、アコギジャパンに抗議殺到」
 蘇生老人の契約者に対し、「生きているので給付金は支払えない」「亡くなったので、個人年金は支払えない」と、矛盾する説明を繰り返し、非難を浴びていたアコギジャパンが、コメントを発表した。
「本来保険会社とはそういうものであり、ご理解いただけないのは残念」

(本書p192より)

 ワロタwwwww
 ゴミ屋敷とかお役所仕事とか狂牛病とか食品偽装問題とかの社会問題を混ぜ込みながら描き出された世界観。主人公の過去と現在の2つの時間軸を交互に語ることによって、生者(人間)とゾンビ(蘇生者)とが徐々に入れ替わっていく過程が描かれていく社会派ゾンビ小説。吸血鬼ではなくゾンビなのは、腐敗がテーマだからでしょう。社会と個人の腐敗をつなぐキーワードが「言い訳」です。巧みな骨格に腐臭のする血肉が貼り付けられた傑作です。
 総じてレベルの高い作品集です。オススメです。