『シンギュラリティ・スカイ』(チャールズ・ストロス/ハヤカワ文庫)

シンギュラリティ・スカイ (ハヤカワ文庫SF)

シンギュラリティ・スカイ (ハヤカワ文庫SF)

――(会場からの質問)シンギュラリティについてどう思いますか? 信じていますか。
チャン いや、信じていません。シンギュラリティはどちらかというと宗教的信念のようなものです。シンギュラリティについて物語を書くのは悪いことではないし、確かに面白いことだとも思います。しかし、多くの人はシンギュラリティが科学的事実であり、すぐにでも実現するかのように話していますが、僕はそういうふうにはまったく考えていません。
(『S-Fマガジン』2008年1月号「デッド・チャン・インタビュウ」p44より)

 「シンギュラリティって何?」というようなことがふと気になりまして、そしたら本書のタイトルが目に付いたので試しに読んでみたという次第ですが、読んだら余計によく分からなくなりました(笑)。
 シンギュラリティとは、技術的特異点(参考:シンギュラリティ - Wikipedia)、あるいはコンピューターの知能が人間を超える現象、またはその瞬間を意味する言葉などとされていますが、本書においては、シンギュラリティが如何にして発生したか? という点はすっ飛ばされてしまっていて(そこが知りたいのに…)、シンギュラリティがすでに実現した状態で物語が始まっています。その意味で片手落ちの感は否めません。しかし、考える材料としては実に魅力的でした。
 上記の「考える材料」という表現は、褒め言葉半分・貶し言葉半分の微妙なニュアンスを私としては込めています。解説抜きで536頁という分量の中には、専門用語や造語がふんだんに用いられたシンギュラリティの世界が程よくシステマティックに描かれています。しかしながら、そこで描かれているのはあくまでも人間の物語です。主役であるマーティンとレイチェルのコンビの他にも個性的な人物(人物?)が脇を固めています。ただ、そうした人間たちの物語だけを取り出してしまうと、とてもじゃないですが500頁超の分量に見合うだけのストーリーだとはいえません。主人公たち周辺のドラマにのみ着目して読めば、おそらくあっという間に読めてしまうでしょう。なので、物語を読みたい人にとってはかなり無駄の多い構成なのは否めません。読む人を選ぶ本であろうことは予めお断りしておきます。
 超光速航法と超光速通信が実現した社会。そんな宇宙を背景として描かれている国家のあり方は、現実のデフォルメ、もしくはパロディめいた様相を呈しています。それによって、現実の国際情勢から離れて、国家間のあり方や国家と個人の関係を問い直すことができます。まさにフィクションの正統的役割だといえるでしょう。物語の最後の方で語られる新共和国と国連の関係は政治臭がして苦手に思われる方もいらっしゃるかもしれません(苦笑)。ただ、こうした考え方はアメリカとかなら鮮烈なものとして受け取られるのかもしれませんが、日本人的SF読みとしては何も熱弁を振るったり、改めて説明しなければならないもののようには思えませんでした。
 寓意に満ちた物語でありながらも、その背景には超AIと超情報ネットワークというSF的モデルが横たわっています。そんなシンギュラリティな世界を生きる人間たちの物語。オススメとはいえませんが、意欲作として評価するにはやぶさかではありません。興味のある方はぜひ。

S-Fマガジン 2008年 01月号 [雑誌]

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