私家版2010年SF ベスト10

 年末ですので書評サイトらしく一応2010年のベストSFなんぞを挙げてみます。ちなみに私家版です。刊行年数などにかかわらず私が2010年に読んだ本の中から選ばせていただきましたのであしからず(順位も付けていません)。

タイムアウト

 いわゆる”奇妙な味”とでも評すべき作品が多数収録された作品集です。ミステリとしてオススメしても問題ない作品集ですが、SFに配したのは表題作「タイムアウト」に敬意を表してのことです。歴史改変SFの傑作です。非常にレベルの高い一冊です。
【関連】『タイムアウト』(デイヴィッド・イーリイ/河出文庫) - 三軒茶屋 別館

リックの量子世界

リックの量子世界 (創元SF文庫)

リックの量子世界 (創元SF文庫)

 平行世界を真っ向から描いた作品。にも関わらずSFというよりも昼ドラ臭がかなり強いのが本作の面白いところで、さらにお話が進むにつれて平行世界と時間旅行の問題がクロースアップされてきてSFとしてきちんと着地しますのでご安心を。結末を迎えてのなんともいえない読後感が好みです。
【関連】『リックの量子世界』(ディヴィッド・アンブローズ/創元SF文庫) - 三軒茶屋 別館

MM9

MM9 (創元SF文庫 )

MM9 (創元SF文庫 )

 MMというのはモンスターマグニチュードの略で、9というのはその規模を表わします。つまりは怪獣という災害に対して気象庁特異生物対策部、略して気特対が命を懸けて挑むという怪獣SFです。どこか懐かしさの漂うメタ怪獣小説として直撃世代の方には強くオススメです。
【関連】『MM9』(山本弘/創元SF文庫) - 三軒茶屋 別館

アードマン連結体

アードマン連結体 (ハヤカワ文庫SF)

アードマン連結体 (ハヤカワ文庫SF)

 選ばれているテーマ的にも素材の調理の仕方的にも非常に地に足の着いたSF作品集です。とかく難渋かつ驚愕の展開が持てはやされがちなSFにあって、本書は確かに「人間を描く」ことにこだわっています(留まっている、ともいえますが)。個人的にはル・グィンの後継者として位置づけたいです。
【関連】『アードマン連結体』(ナンシー・クレス/ハヤカワ文庫) - 三軒茶屋 別館

天空のリング

天空のリング (ハヤカワ文庫SF)

天空のリング (ハヤカワ文庫SF)

 人類が小群(ボット)と呼ばれる2人から5人の集団で生きていることが当たり前になっている世界を舞台とした、アポロ・パパドプロスというボットが主人公の物語は、一人称単元描写とも三人称多元描写ともいえる不思議な視点描写から語られます。人間の個性や社会でのあり方といったものについて考えさせられます。
【関連】『天空のリング』(ポール・メルコ/ハヤカワ文庫) - 三軒茶屋 別館

ジェイクをさがして

ジェイクをさがして (ハヤカワ文庫SF)

ジェイクをさがして (ハヤカワ文庫SF)

 不安で不安定な世界観に基づく恐怖が描かれた作品が揃っています。その読み口はSFというよりはホラーにも近い奇妙な味わいを楽しむことができます。地に足の着いたクトゥルフ神話風の短篇集としてオススメしたいです。
【関連】『ジェイクをさがして』(チャイナ・ミエヴィル/ハヤカワ文庫) - 三軒茶屋 別館

天体の回転について

天体の回転について (ハヤカワ文庫 JA コ 3-3)

天体の回転について (ハヤカワ文庫 JA コ 3-3)

 理知的で科学的考証もちゃんとしている立派なSFなのですが、にもかかわらずユーモラスと表現するにはあまりにも悪趣味な「おちょくり」が随所に感じられる短篇集です。「あの日」などは物理トリックの内側に叙述トリックを閉じ込めた秀作としてミステリ読みにも強くオススメです。 
【関連】『天体の回転について』(小林泰三/ハヤカワ文庫) - 三軒茶屋 別館

ウィジェット]と[ワジェット]とボフ

 スタージョン枠。毎年やってると(ry。自伝的な作品もあればいかにもスタージョンな作品もあって、これぞスタージョンな一冊です。白眉はやっぱり表題作の「[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ」。語りたいことを語るためにSFを使っているというのがありありと見て取れるのですが、それが逆に自由な発想につながっているのがスタージョンの面白さだと思います。
【関連】『[ウィジェット]と[ワジェット]とボフ』(シオドア・スタージョン/河出文庫) - 三軒茶屋 別館

樹環惑星――ダイビング・オパリア――

樹環惑星――ダイビング・オパリア―― (徳間文庫)

樹環惑星――ダイビング・オパリア―― (徳間文庫)

 第11回日本SF新人賞受賞作品です。生物資源の問題。研究の自由と自由経済との関係。さらにはバイオハザードに対する科学者・医師・技術官僚(テクノクラート)たちのあり方といった現代的テーマを描いた行政SFです。個人と組織とを描くバランス感覚が抜群です。
【関連】『樹環惑星――ダイビング・オパリア――』(伊野隆之/徳間文庫) - 三軒茶屋 別館

シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約

シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約(ちかひ) (徳間文庫)

シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約(ちかひ) (徳間文庫)

 同じく第11回日本SF新人賞受賞作品。シンギュラリティ――コンピューターの知能が人間を超える現象をテーマに、人間とコンピュータ、コンピュータとコンピュータの戦いを描いた意欲作。コンピュータチェスや囲碁を用いた例えがコンピュータ将棋に興味のある将棋ヲタの琴線にも触れる傑作です。
【関連】『シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約』(山口優/徳間文庫) - 三軒茶屋 別館


 あ。レムがない。国書刊行会なにやってんの!
 ……それはさておき、今年は例年までよりも読書量が減ってしまいまして、そのしわ寄せが海外ミステリとSFにきてしまっています。なので、上記ベスト10について、個々の作品の選択についてそれほど不満があるわけではないのですが、総合的にはもっとあれこれ迷い悩んだ上で決めたかったなぁというのが本音です。ただ、2010年刊行ではありませんが、『双生児』(クリストファー・プリースト/早川書房)『時間封鎖』(ロバート・チャールズ・ウィルスン/創元SF文庫)などはとても面白かったです。新刊も追っかけたいですが、去年一昨年の名作も読み逃さないようにしたいです。
【関連】私家版2009年SF ベスト10 - 三軒茶屋 別館