『美味しんぼ』と『築地魚河岸三代目』を比較してみる。

 年末年始は実家に帰省していましたが、田舎では特にやることもなかったので、それなりに巻数が揃ってた*1美味しんぼ』(作:雁屋哲・画:花咲アキラ小学館)と『築地魚河岸三代目』(作:鍋島雅治・画:はしもとみつお小学館)という2つのグルメ漫画を読んで暇つぶしをしてました。で、両者を読み比べると気になる点がいくつかありましたので、それをいくつか紹介してみたいと思います。

秋刀魚について

美味しんぼ (14) (ビッグコミックス)

美味しんぼ (14) (ビッグコミックス)

 『美味しんぼ』14巻収録の第7話「秋刀魚の味」では、富井副部長*2スダチを持ってきたことからスダチの使い方が話題になって、この季節(=秋)ならサンマだろうということになります。ところが、そこにやってきたブラックさんは、サンマの味のよさがちっとも分からないと山岡に相談してきます。その山岡と栗田も、

「いや、待てよ…… ここ数年、俺自身サンマを旨いと思ったことがないな。」
「そう言えば、私の家でもサンマが食卓に出ると、祖母や父が美味しくないって文句を言うわ。」
(『美味しんぼ』14巻p133より)

と、秋の魚として知られるサンマの旬の味が否定されています(笑)。
 対して、『築地魚河岸三代目』7巻にも「築地のサンマ」というサンマのお話がありまして、やはり秋の魚としてサンマが話題になるのですが、そちらですと、

「最近のサンマはマズくなったと言う人がいますがそれは誤解でしょう。焼き方の問題なのではないかと思います。」
「焼く前にちゃんと塩をして15分ほど置く事をしなかったり、住宅事情などで昔ながらの焼き方ができなくなったり美味しい焼き方を知らなかったりする… そのせいでマズくなったと誤解されてるんじゃないでしょうか……」
(『築地魚河岸三代目』7巻p166より)

「サンマは冷凍しても見かけも味もあまり変わらない冷凍向きのありがたい魚だと言われています。だから一年前のヒネ物…つまり冷凍しておいた物を解凍したいわゆる冷凍サンマは一年中食べる事ができますし、塩焼きなら十分に美味しいのですが……刺身は生サンマでしかできません。まさに今が旬ですね。」
(『築地魚河岸三代目』7巻p169より)

と真っ向から対立する見解が主張されています。いいですねぇ。私はこういうの大好きです(笑)。

干物について

美味しんぼ (29) (ビッグコミックス)

美味しんぼ (29) (ビッグコミックス)

 『美味しんぼ』29巻収録の第2話「天日の贈り物」では干物の作り方が話題になっています。猫のエサに干物を食べさせるというとんでもない話ですが(笑)、山岡によりますと、

「干物は魚を単に乾燥させればよいというものではない。天日で乾燥するのには意味がある。」
「太陽の光線は蛋白質が分解して、旨味成分であるアミノ酸を出すのを助長する。香りも格段によくなる。」
「乾燥機は水分を取り去るのが主で、太陽光線のような風味をよくする働きはない。」
(『美味しんぼ』29巻p43より)

というように、タイトルどおり天日に当てることの重要性が説かれています。
 対して、『築地魚河岸三代目』11巻にも「手塩にかけた干物」というお話があります。それによりますと、

「科学的には天日乾燥も機械乾燥も干物に与える効果はほとんど変わらないそうです。イメージの問題が大きいのではないでしょうか。」
「それに、干物を干すのにもっとも大事なのは「風」だと、ワシは思っています。」
「風?!」
「ええ。あてる風の強さと温度によって仕上がりがまるで違うんです。」
(『築地魚河岸三代目』11巻p182より)

ということで、天日はさほど重要ではない模様です。いいよいいよ〜(笑)。

寿司ネタとしてのウニについて

美味しんぼ (69) (ビッグコミックス)

美味しんぼ (69) (ビッグコミックス)

 『美味しんぼ』69巻収録の第3話「寿司に求めるもの」では、寿司ネタとしてウニが話題になっています。海原雄山を尊敬している平月という寿司職人が京極さんを通して海原雄山を客に迎えます。海原雄山はウニを注文しますが、雄山はウニの寿司を一目見ただけで食べもせずに店を出てしまいます。困った寿司職人は岡星さんを通じて山岡に相談します。酢飯も海苔も完璧。ウニも利尻で最高の値が付いたものを寿司職人は用意します。しかし山岡もやはり見ただけでその寿司に駄目出しをします。

「やかましい寿司屋がウニを使わないのは、握れないものは握らないということがひとつ。」
「そしてもうひとつ決定的なのは、よそで他人がおろしたネタは使わないという、原則を守るためだ。」
(『美味しんぼ』69巻p110より)

ということで、処理済の箱ウニを完全否定して生きウニを使う必要性を説きます。
 対して、『築地魚河岸三代目』10巻にも寿司ネタとしてのウニをテーマにした「箱入りの白ウニ」というお話があります。それによりますと、

「たくさんの生きウニを開けてみて分かったのは、やはり一個一個に相当の個体差がある事です。」
「とても箱ウニのように一定の高いレベルを揃えるのは不可能です。」
(『築地魚河岸三代目』10巻p68より)

などの他いくつかの理由から、寿司ネタとしての生きウニが否定され、箱ウニのすばらしさが証明されています。実に面白いです(笑)。ちなみに、『築地魚河岸三代目』では16巻でもウニがテーマのお話がありますので、興味のある方はそちらもぜひ読んでみてください。



 以上、探せば他にもあるかもしれませんが、私の実家に揃っている巻数ではこんな感じでした(詳しいことを知りたい方は必ず漫画の方を読んでくださいね)。
 これらの主張のどちらが正しいのかは私には分かりません*3。ただ、どちらが正しいのか、という視点にはあまり意味がないようにも思います。食材の価値は科学技術の進歩や環境の変化に左右されます*4。ゆえに、その点で先発の『美味しんぼ』より後発の『魚河岸』が有利なのは否めませんし、あるいはその当時はそれが正しかったのかもしれません。なので、常に上書きに上書きを重ねる姿勢がグルメ漫画には必要だと思うのです。また、箱ウニの場合には、『美味しんぼ』では主にホウ酸処理に焦点が当てられているのに対し、『魚河岸』では主にミョウバンに焦点が当てられています。そうした着眼点の違いも考慮する必要があるでしょう。
 いずれにしましても、料理の味について結局は自分の舌を信じるしかありませんし、それを裏付ける情報についても自分のリテラシーを信じるしかありません。ということで、今回取り上げたようなことについて興味のある方は、ぜひご自分でいろいろと調べてみて、私にいろいろと教えてくださいませ(笑)。

【おまけ】
 ちなみに、『魚河岸』16巻には天然出汁と旨味調味料のお話があるのですが、

「昔は化学調味料と言ってたが最近は旨味調味料と言うようになった…」
(『築地魚河岸三代目』16巻p40より)

と書いてあって、そのときは「ふ〜ん」と思っただけでした。しかし、ネットサーフィンしてましたら、テレビ大阪「美味しんぼ(再)」にて言葉狩り 化学調味料の”化学”部分が無音にという記事を発見。まさか放送禁止用語になってるとは思いもしませんでした。科学技術の進歩や環境の変化だけでなく、言葉の変化にも対応しなければならないんですから、グルメ漫画を描くのも大変ですね……。

*1:全巻ではありません。特に最近のものはありません。

*2:当時。

*3:ウニの食べ比べなんて贅沢なこと私にはできません(涙)。

*4:例えば冷凍技術など。『美味しんぼ』の場合でも、初期は冷凍物には冷たい感じがありましたが、その後はかなり冷凍技術の進歩というものを認めるようになってきていると思います。