『幇間探偵しゃろく 1』(作:上季一郎・画:青木朋/ビッグコミックス)

幇間探偵しゃろく 1 (ビッグコミックス)

幇間探偵しゃろく 1 (ビッグコミックス)

 『ジーヴズの事件簿 才智縦横の巻』(P・G・ウッドハウス/文春文庫)巻末に英国ウッドハウス協会機関紙『ウースター・ソース』編集長トニー・リングの文章が掲載されています。その中に、「賢明な奴隷と間抜けな主人というコンセプトは、ローマ時代――ひょっとするとそれ以前にさかのぼる。」(同書p249「『ジーヴズの事件簿刊行によせて』」より)という一文があります。本書もそうした「賢明な奴隷と間抜けな主人」というコンセプトに連なるミステリだということができます。
 昭和2年東京は向島。明治頃から花街として発展した花街には、旦那の座敷遊びをお助けし、その場を盛り上げ、気分よくさせるのを生業にする芸人である幇間、いわゆる太鼓持ちがいた。ところが、そこに変わり者の幇間があって……。といったお話です。
 若旦那の和田宗次郎は実家が金持ちの次男坊で末っ子。育ちはいいものの甘やかされて育ってきたために世間知らず。そんな「遊び」好きの若旦那を助ける……はずの幇間である舎六(しゃろく)ですが、これが酒癖は悪いわ態度は悪いわでお座敷では若旦那に迷惑をかけてばかりという始末。それが何ゆえ若旦那の幇間でいられるかといえば、若旦那の身近で起きるいくつもの謎解きトラブルを解決する探偵の才に長けているからです。
 花街が舞台ですから、お座敷遊びに欠かせない芸者や芸人あるいは文化人といった関係者が多く登場します。それだけに、直接的な言い回しではなく遠回しに婉曲的に物事を伝えようとすることがままあります。それが「風流」ということになるのですが、お人好しで正直者ながらも風流に鈍い若旦那には何が何やらトンと分かりません。そこに探偵役としての舎六が活躍する余地が生じます。表向きは若旦那を立てながら、しかして実際にはいざというときに若旦那を助けて恩を売っておくことで若旦那にお座敷に連れて行ってもらって花街での「遊び」を楽しむ。それが若旦那と舎六の関係です。
 さしあたり1巻だけを読んだ限りの感想となりますが、昭和初期の花街という舞台と世界観が漫画という表現媒体によってきれいに描かれています。反面、ミステリとしては謎やトリックの主眼が残された文字や言葉に重きが置かれているものが多いです。必ずしも漫画でなくてもよいトリックや謎解きなのが少々もったいない気がします。また、先に述べたように「賢明な奴隷と間抜けな主人」というのはありがちなコンセプトです。だからこそ、そうした枠組みに単純に収まらない主要キャラクタの個性、もしくは関係性がないとインパクトに欠けるわけですが、1巻の時点ではそこまでの踏み込みはありません。2巻以降に期待です。ミステリとしても、もしくは花街ならではの風流や男女の機微を描いた人情物語としても、シンプルなお話です。そんなシンプルさが両立して噛み合っているのが本書の面白いところだと思います。
ジーヴズの事件簿―才智縦横の巻 (文春文庫)

ジーヴズの事件簿―才智縦横の巻 (文春文庫)