『館島』(東川篤哉/創元推理文庫)

館島 (創元推理文庫)

館島 (創元推理文庫)

「――そもそもわたくしは《橋》というものは《島》に架けるものだとばかり思っておりました。《島》があるから《橋》が必要となるのです。つまり、《橋》というのは《島》に奉仕する存在です。わたくしは長い間、このことを疑ったことなど一度もございませんでした。これは絶対に間違いようのない真実であり、逆はありえないと思っていたのでございます。ところが瀬戸大橋はまさしく逆でした。ここでは《橋》は《島》に架けられるのではなく、《島》が橋脚となって《橋》を支えるのです。つまり《島》のほうが《橋》に奉仕するのです。どうです、これはなんだかナンセンスな冗談を聞かされているような、そんな気がしませんか」
(本書p196より)

 198X年。瀬戸内海に浮かぶ孤島にある館で起きた天才建築家の突然の死。それから半年。未亡人の意向によって事件の起きた館に再び当時の関係者が集められる。そこで新たに発生した殺人事件。嵐によって文字通りの孤島になってしまった館に滞在していた女探偵と若手刑事が事件の謎に立ち向かう。というようなお話です。
 タイトルから分かるとおり、いわゆる「館もの」に分類されるミステリです。作中で発生する謎の墜落死といったトリックにも当然ながらこの館の構造が深く関係しています。それは物理トリックと呼ぶにはあまりにも物質的です。仕掛けとしては極めて大胆なものですが、比較的気付きやすいヒントはいくつか用意されていますので殺人事件の真相自体は分かりやすいのではないでしょうか。しかし、それもフェアプレイの表れとして評価できますし、そこから犯人が明らかになる過程は極めてロジカルです。陽性の笑いがこみ上げてくる楽しくて良心的なミステリです。
 作中に綾辻行人十角館の殺人』への言及を始めとして、他の有名ミステリへのオマージュやパロディといったマニア向けのくすぐりが仕込まれているのはミステリ読みとしてニヤリとせずにはいられません。その反面、198X年という時代を背景とした時事ネタや女探偵と若手刑事といった主要人物たちの間で交わされる軽妙な会話に見られるようなユーモアはミステリ初心者のハートも掴んでくれることでしょう。
 そもそも「館もの」というのは現実にはあり得ないような建物の存在が前提となるので、どうしても非現実的なものになりがちです。そうした世界へ読者を引き込むために、閉塞的な雰囲気を漂わせ、閉鎖的な状況を作ることで世俗との関わりを希薄にし、そうした上で珍妙な館を用意して、その中で物語を展開する。それが「館もの」のセオリーです。
 ところが、本書は少し違います。確かに館があるのは瀬戸内海の孤島ですし、事件発生時には嵐によってクローズド・サークルになっています。しかしながら、むにゃむにゃ(笑)。つまり、閉鎖的でありながら開放的でもある「館もの」。そこが本書のすごくて面白いところです。それはまた、ミステリというものをマニアにだけでなく初心者にも気楽に読んで欲しいという作者の心意気の発露ではないかとも思います。とにもかくにも多くの方にオススメしたい一品です。