『世界名探偵倶楽部』(パブロ・デ・サンティス/ハヤカワ文庫)

世界名探偵倶楽部 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

世界名探偵倶楽部 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

「探偵と助手の関係に昔から興味があった。事件のすべてを知っているのは探偵なのに、顛末を読者に披露する語り部となるのは助手なんだ。……探偵と助手の愛憎を書こうと決めたとき、そこから物語が広がりだした」
(本書巻末の訳者あとがきp395にて紹介されている著者の言葉より)

 2007年第一回プラネタ−カサメリカ賞受賞作。
 訳者あとがきによれば、他国になかなか紹介されにくい中南米スペイン語圏文学をもっと普及させたいという意図のもと設立されたのがプラネタ−カサメリカ賞とのことです。確かに、中南米のミステリというのを私はあまり読んだことがなくて、なんと5本の指ですんでしまいます。ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』*1、ギジョルモ・マルティネス『オックスフォード連続殺人』『ルシアナ・Bの緩慢なる死』、ヴェリッシモ『ボルヘスと不死のオランウータン』、以上です(汗)。もっとも、南米文学の大家ボルヘスがミステリ風味の作品をいくつか残しています。なので、それを含めればもう少し読んでいることになりますが、それにしてもやはり少ないなぁと。もっと読んでみたいので、そのためのキッカケとしてこの賞が機能することに期待します。
 で、少ないながらもこれまで読んできた南米ミステリについて、本書も含めていえることですが、いずれもボルヘスの影響を強く受けているのは間違いないのでしょうね。ボルヘスがクイーンなどの既存のミステリを意識した批評的な作品を残してしまったために、南米のミステリというのはどうしても批評的メタ的なものになりがちなのだと思います。もっとも、サンプルがあまりに少な過ぎるので雑感の域を出ませんけどね(苦笑)。
 本書は、1989年パリ万国博覧会を舞台とした連続殺人事件です。〈十二人の名探偵〉の一人・ブエノスアイレスの探偵クライグの助手となるべく彼の師事を受けたサルバトリオ。彼はクライグの代理として、パリで行なわれる〈十二人の名探偵〉史上初の総会に出席することになります。
 世界各国を代表する十二人の探偵(日本人探偵もいます。)とその助手。さらに発生する連続殺人の被害者と容疑者。登場人物の数があまりに多すぎて名前を覚えるのが大変です(笑)。とはいえ、十二人の探偵がそれぞれに披露する犯罪についての考え方はメタ・ミステリとして面白いです。連続殺人事件の構図も意外とシンプルです。総じてミステリ読みにとっては読みやすい一冊といえるのではないかと思います。
 本書は、時代設定からして古き良きミステリへのオマージュなことは明らかなのですが、しかしそこには愛惜もしくは諦観の念が込められていて、ミステリ読みとして単純に受け入れ難いものがあります。とはいえ、そうした時代の流れの中から本書のような作品が生まれていることになるわけですから、本書は本書なりに、ひいては作者は作者なりに、ミステリの可能性を模索しているのだと、あえて肯定的に評価したいです。

*1:これをミステリと呼んでいいかは意見が分かれると思いますが(笑)。