『乱鴉の島』(有栖川有栖/講談社ノベルス)

乱鴉の島 (講談社ノベルス)

乱鴉の島 (講談社ノベルス)

 本格ミステリベスト10(参考:Wikipedia)2007年版において第1位に輝いた作品が早くもノベルス落ちしたということで、期待して手に取ったのですが、なるほど。今時はこういうのがウケるのですか(苦笑)。
 本書は、著者と同名の推理小説作家である有栖川有栖が語り手にしてワトソン役で、臨床犯罪社会学者の火村英生が探偵役を務めるシリーズの4年ぶりの長編です。
 二人が偶然たどり着いた烏島。タイトルのとおりカラスが乱れ飛ぶ孤島を舞台とした殺人事件が発生します。お約束のとおりに電話線は切断され、容疑者は限定されていますが、その中の誰がやったかは不明です。クローズド・サークルものとしては常識的な展開です。常識的でないのはプロットです。本書は解説や著作リスト込みで全343ページですが、犯人特定のための証言と証拠の収集といった作業が意識的に始められるのは全8章中の第6章、240ページ以降になってからです。それまでいったい何をしているのかといえば、事件の発生までの過程もさることながら、事件の現場に居合わせた人間たちが何の目的でその孤島に集まったのかという秘密の方に興味が向けられています。その秘密は物語の半ば辺りで明かされるのが一般的な類のものですが、本書においては最後の最後まで伏せられています。あとがきにもあるとおり、その隠蔽は作者自身が意図的に行なっているものです。
 それが隠されたままでも犯人当ての推理が可能なのは、つまるところそれが動機に深く関わっているからであり、それをここまで強調したものは確かに珍しいのかもしれません。ですが、犯人や犯行方法が明らかになった後で動機が明らかにされるという展開自体は別に珍しくも何ともないでしょう。それは本格ミステリに固有の特異です。なので、この点を過剰に評価するようなスタンスにはあまり共感できません。
 そうまでして隠してきた肝心の秘密自体があまり魅力的でないのも難点です。早い段階でクローン技術が何か関わっていることは示唆されますが、それが具体的にどういったものなのかは最後の最後になってようやく明らかにされます。が、「もったいぶってきた割にはこの程度?」というのが正直な感想です。クローンに関する法律や倫理面での課題、あるいはSFなどでこうしたテーマに造詣の深い方にとっては特段驚くようなものではないでしょう。
 ホリエモン(死語?)を彷彿とさせる人物の造形や、彼が語る日本のコンテンツ産業のあり方と展望といったものはデフォルメされたものでありながらそれなりに興味深く読めましたし、『大鴉』を軸としたエドガー・アラン・ポー本格ミステリについての文学論などはとても面白かったです。しかしながら、こてこての本格ミステリを読みたいという欲求を満たしてくれるものかといえば、飢餓感が残る内容であったことは否めません。小なりとはいえ犯人を指し示すロジックは見事な出来栄えですし、一定水準以上の作品であることには間違いありません。しかしながら、それが作品のボリュームに見合ったものかといえば、実にアンバランスなものだといわざるを得ません。
 2007年版本格ミステリベスト10の第1位作品などという肩書きがなければもっと素直に楽しめたのかもしれませんが、そういう権威を目にすると構えて読んでしまうのが人情というものでしょう(笑)。そういうことを抜きにすれば、クローンの問題を非常に読みやすい娯楽小説として仕上げつつ、なおかつポーについての衒学趣味を適度に散りばめながらもベンチャー企業の社長などを登場させることで本格ミステリというものを現代的な物語として作り上げている手腕は流石だといえます。過度な期待さえしなければ普通に楽しめる作品としてオススメしておきます。