ハチワン=081=オッパイと読んでしまう人のための『ハチワンダイバー 8巻』将棋講座

ハチワンダイバー 8 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 8 (ヤングジャンプコミックス)

ハチワンダイバー 8』(柴田ヨクサルヤングジャンプ・コミックス)をヘボアマ将棋ファンなりに緩く適当に解説したいと思います。
(以下、長々と)
●第1図(p25より)

 互いに角道を止め合っての相振り飛車戦が予想される局面です。後手は早々に向かい飛車に振ってるのに対して、先手は銀上がりを優先させています。これは後手からの攻めに備えてから飛車を振ろうという意味です。通常の振り飛車であれば玉の囲いは美濃か穴熊ですが、相振り飛車戦は縦の攻め合いになるので矢倉囲いも有力です。それが先手の3七銀の意味です。ところが、ここでマムシは意外な手を指します。それが”相振り潰しの角出”です。
●第2図(p28より)

 将棋指しには得意な戦法、不得意な戦法があるのが普通です。特に勝負将棋ともなれば得意な戦型・戦法を指したいのは当然のことです。そんな心理を突こうとした”相振り潰しの角出”。効果は作中で説明されているとおりでして、これで確かに飛車は振りづらくなりました。なので、振り飛車党相手には有力な作戦であることは間違いありません。
 ただ、菅田のことを良く知らないマムシが目の前の一局とかつて指した一局(1巻第6話参照)などから菅田のことを振り飛車党と思うのは無理のないことかもしれませんが、実際には菅田は居飛車もかなり指します。そして、居飛車党が相手の場合には普通に出た角を狙われて角が引くことになるので明らかに手損です。相振りにするつもりの菅田でしたが、角出を見て▲6八玉の玉上がりからの居飛車に切り替えて積極的な指し回しで主導権を握っていきます。
●第3図(p40より)

 天王山のガッチャン銀。天王山とは将棋盤の中央、5五の地点のことを指します。ガッチャン銀*1とは、由来としては相掛かり相腰掛銀の銀をぶつける仕掛けのことを指すのですが、今では銀に銀をぶつける仕掛けのことを広くガッチャン銀と呼びます。ガッチャンとは、銀と銀とがぶつかり合う金属音のイメージでして、深い意味はありません(笑)。
 ぶつけた側に狙いがあるのは当然ですが、だからといって、ぶつけられて取れないようでは気合負けというものです。なので、▲5五銀に対しては△同銀として▲同歩が本線だと思いますが、このとき、後手の陣形には▲4一銀の割り打ちの隙があるのが気になります。割り打ちを防ぐためには金か飛車を動かして受けなければなりません。それも指し方としては一理あると思いますが、マムシはここであえて主導権を取り返しにいきます。
 △同銀ではなく△6五銀とかわします。意表を突かれた菅田ではありますが、▲4四銀が絶好のクリーンヒット。マムシ△同角に▲同角で菅田駒得の大戦果。しかし、ここでマムシが勝負手を放ちます。△4二飛!
●第4図(p53より)

 飛車成という単純ながらも明快な狙いを持った手です。確かに菅田は駒得しています。しかしながら、マムシの玉の囲いは穴熊。そして、特に3巻の対文字山戦が顕著でしたが、囲いの堅さにものを言わせた乱暴な攻めが、穴熊だと通ってしまうことがあるのです。なので、マムシのこの手は菅田が思っている以上の脅威だと私は思います。菅田としても、相手から感じる気迫からここが勝負どころだと判断します。▲7七角として4四の角を支えることで飛車を通せんぼします。しかしマムシは意地を通そうとします。△3三銀!
●第5図(p59より)

 局地戦の自陣銀。読みの広さも深さも関係なしの愚直な手です。しかし、将棋というのはときに初志貫徹こそが最善手の場合があります。誰の目にも明らかな狙いであろうが、ぶれなければ勝利をつかめる。だからこそ、菅田もここは引けません。▲同角△同桂*2に、桂馬を取らずに▲4六銀!
●第6図(p68より)

 意地の銀には意地の銀。何としても飛車を成らせないための銀打ちです。確かに重くて筋悪の銀ではありますが、桂取りは残ったままですし、△4三金と桂馬を守れば▲2四歩から飛車を捌くことができます。意地の局地戦を制したことで菅田優勢で中終盤を迎えることになります。
●第7図(p72〜73より)

 自陣に駒を投入し、2枚の角を自陣に利かせて必死の抵抗を試みるマムシ。しかし、ここでは菅田の穴熊への執拗な喰らい付きが厳しくて、形勢はもはや如何ともしがたいものになっています。
●第8図(p74より)

 この△7一銀*3は、先手からの▲8一金(▲8一龍)からの詰みを防いだものです。しかしながら、悲しいことに受けになっていません。手数こそ長くはなりましたが、▲8一金からの即詰みです。マムシは最後まで指して投了しました。
 得意の「ダイブ」こそありませんでしたが、だからこそ、勝負における意地と意地とのぶつかり合いが上手く表現されていたと思います。
 ちなみに、この将棋には元ネタとなった棋譜があります。2005年に行なわれた順位戦鈴木大介八段対久保利明八段戦がそれです。両者共に振り飛車党の名手として知られてまして、だからこそ序盤での”相振り潰しの角出”が指されたわけですが、それをとがめるために果敢に居飛車に踏み込んだ鈴木八段の指し回しが光る一局だといえるでしょう。
(参考:棋譜でーたべーす:2005年順位戦・鈴木大介八段対久保利明八段
 巻末のオマケ漫画では、「無敵囲い」というのが紹介されています。これは将棋ファンなら誰もが通る道ではないでしょうか(笑)。
●無敵囲い(p214より)

 作中でも指摘されてるとおり無敵でも何でもないのですが、なぜ「無敵囲い」などと呼ぶのかといえば、素人が突然強くなったように思える錯覚、全能感と無能感の揺れ動きの愛ある皮肉なわけです(笑)。しかし、短手数で攻撃態勢と守備陣形を整えようとする発想自体は悪くありません。そこで斬野がクルに教えたのが「カニカニ銀」です。
カニカニ

 中央から発進する2枚の銀をカニのはさみに見立てて「カニカニ銀」と呼ばれています。ふざけた名前のように思われるかもしれませんが、児玉孝一七段考案の2003年に升田幸三賞も受賞している立派な戦法です(参考:非定跡党―カニカニ銀)。
 飛車が中央にありますが、振り飛車中飛車)ではなく居飛車戦の一種とされているのは、居飛車戦(矢倉模様)の出だしから飛車を中央に振るからで、急戦矢倉の一種とされています。攻めの理想は飛角銀桂ですが、この戦法はさらに銀が1枚加わるので抜群の攻撃力を誇っています。反面、守りが薄いので粘りはききません。良くも悪くも大差になりやすい戦法なので、そこがプロに敬遠されている一番の理由だと思いますが、アマチュアが実力差のある相手に挑むには面白い戦法でしょう。

 8巻ではついに鬼将会の目的が明らかにされます。プロ棋士を倒すこと。なるほど。心が躍る目的です。ロマンというのも頷けます。もっとも、二こ神さんがプロ棋士である海豚七段を倒したように、プロとアマが戦ってもプロが全勝というわけにはいきません。それでも、プロ棋士の強さはやはり圧倒的です。ただ、昔と比べればプロとアマの差が縮まってきているのは確かです。
 プロとアマの差というものを表現するのは難しいのですが、朝日オープントーナメントという棋戦では、新鋭四段対アマトップの対戦が10局組まれるのが恒例になっています。そこでは、プロ7勝:アマ3勝という結果が出ることが多いです。もっとも、これは大雑把な数字に過ぎなくて、新鋭四段とトッププロの間にも差があるのは明らかなので一概には言えないのですが、プロとアマの差を示すひとつの指標にはなり得ると思います。菅田もいずれはプロ棋士と戦う予定だそうでが、そこでプロの実力・世界というものがどのように表現されるのか今からとても楽しみです。
【関連】第18回世界コンピュータ将棋選手権関連の私的まとめ - 三軒茶屋 別館


 ま、こんなところでしょうか。好きな漫画なので長々と語ってしまいました。何かありましたら遠慮なくコメント下さい。ばしばし修正します(笑)。



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柴田ヨクサル・インタビュー
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*1:加藤治郎名誉九段によるネーミング。

*2:ここで角を取らずに△4七飛成とすることはできますが、それはさすがにやり過ぎで、駒損が大き過ぎて後手が勝てないでしょう。

*3:△7一銀の代わりに金を打ってもやはり即詰みです。