『夜の翼』(ロバート・シルヴァーバーグ/ハヤカワ文庫)

夜の翼 (ハヤカワ文庫 SF 250)

夜の翼 (ハヤカワ文庫 SF 250)

 ”小説工場”とも呼ばれるくらいの多作家で知られるシルヴァーバーグですが(参考:ロバート・シルヴァーバーグ - Wikipedia)、翻訳されている中で現在普通に入手可能な作品となるとおそらく本書くらいのものではないかと思われます。本書は三部構成になっていますが、そのうちの第一部『夜の翼』が1969年ヒューゴー賞(中編小説部門)を受賞。その後、続けて書かれた第二部と第三部と合わさってひとつの長編となって、1976年にアポロ賞(フランスのSF文学賞)を受賞しています。
 遥かな未来。かつて高度な文明を発達させていたはずの人類はもはや衰退の一途を辿っています。外敵の侵入に怯えながら滅び行く存在。人類は職業、あるいは『魔法の時代』に造られた種族ごとに〈ギルド〉を構成し、都市に寄り添うことで細々と生きています。そんな世界において旅を続ける三人。老いた〈監視者〉トーマス、若くて美しい〈翔人〉アヴルエラ、そして謎の多い〈変型人間〉ゴーモン。奇妙な三人組は古都ロウムを訪れるが、それは人類と地球の運命を変える大きな出来事の引き金となる……といったお話です。
 本書は三部構成ですが、第一部では古都ロウム(ローマのもじり)、第二部はペリ(パリのもじり)、第三部はジェルスレム(エルサレムのもじり)とそれぞれ実在の都市が舞台のモデルとなっています。
 〈監視者〉は外敵の襲来を絶えず監視する役目を負った者のことですが、そうした役割は冷戦下の緊張状態のメタファーでもあるのでしょう。また、〈監視者〉の超感覚増幅装置による見張りの歓喜や〈巡礼者〉の星石による〈聖霊〉との交わりといった状態はドラッグ・カルチャーの影響です。職業や種族によって分けられた〈ギルド〉は人種や宗教といった帰属意識のメタファーとして理解することができます。このように、作中のあちこちに散りばめられているSF的ガジェットには何らかの社会的な意味合いを感じ取らずにはいられないのですが、そうして作られたはずの世界はとても幻想的なものです。『夜の翼』とは、一義的には太陽風のない夜にしか飛ぶことのできない〈翔人〉の翼のことを指しますが、広い意味では侵略者に支配された人類の被侵略者としての運命を指していると考えられます。幻想的な世界ではありますが、個別の人類を超えた種族としての人類を題材としているがゆえに、ファンタジーのような世界でありながらSF的な物語観を読者は感得できるのだと思います。
 お話としては、ヒューゴー賞を受賞しただけあって第一部『夜の翼』が図抜けていると思います。イメージの美しさもさることながら、主人公トーマスの〈監視者〉としての運命、ひいては人類そのものの運命にある種の残酷な暗転の美学(←悪趣味)が感じられる傑作です。ただ、SFとしてのスケールの大きさという点では第二部『〈記憶者〉とともに』も捨てがたいです。人間の脳が集積された記憶槽。そこに保存された人類の記録。第一周期での華々しい文明の発達。第二周期において到達する高みと傲慢さゆえの転落。そして第三周期への転落。種としての緩慢なる死。それは単なる記録に過ぎませんが想像力を喚起させられます。また、それとは別に主人公が陥る苦難と迫られる選択にも興があって面白いです。第三部『ジョルスレムへの道』になると、エルサレムへの旅ということで宗教めいた物語になりましてそれ自体は別に構わないのですが、物語全体に無理やりオチを付けようとした感がなきにしもあらずで「こんなハッピーエンドは認めねー」と思わないでもないのですが(笑)、全体的な評価を損なうほどのものではないと思います。オススメです。