『銀河英雄伝説8 乱離篇』(田中芳樹/創元SF文庫)

銀河英雄伝説 〈8〉 乱離篇 (創元SF文庫)

銀河英雄伝説 〈8〉 乱離篇 (創元SF文庫)

「連年、失敗つづきにもかかわらず、そのつど階級が上昇する奇蹟の人ビッテンフェルト提督へ。貴官の短所は、勇気と思慮の不均衡にあり。それを是正したく思われるならわが軍を攻撃されよ。貴官は失敗を教訓として成長する最後の機会をあたえられるであろう……」
(本書p58より)

 このシリーズの書評も今回で8回目となるわけですが、そんなに長くやっているにもかかわらず、間違いなく本シリーズの魅力のひとつであるはずの会話の軽妙さ、特に同盟軍(ヤン艦隊)の面々に見られる偽悪主義めいた皮肉やユーモアの面白さというものを指摘してこなかったのは汗顔の至りです。会話があるからキャラクタが生きてきます。キャラクタが生きているからこそ、死んだときに喪失感に苛まれることになるのです。
(以下、既読者限定で。)

戦争や国家の興亡を描いた物語で、人が死ぬのは当然です。よい人が何の罪もないのに無惨な殺され方をするからこそ、戦争や独裁政治は否定されなければならないのではありませんか? (中略)彼らは人間であり、人間は死に、死ねば生きかえってはこないのです。
(TOKUMA NOVELS版『銀河英雄伝説10 落日篇』あとがきp242より)

 本シリーズは架空歴史小説と銘打たれていますが、一方で伝説でもあります。何故この物語が歴史でもあり伝説でもあるのかといえば、登場人物の死が歴史上の出来事とほぼ同義のものとして感じられるからだと思います。どのキャラがどの巻のどのエピソードで死んだかを思い出すことがストーリーの流れを思い出すことにもつながります。キャラクタの死によってその名前が歴史として刻まれるとともに伝説となって後に伝えられる。両者の狭間にこそ真実が埋もれています。それが『銀河英雄伝説』の物語なのです。
 そんな英雄たちの伝説でもある本シリーズではありますが、主役級のキャラといえば何といってもラインハルトとヤン・ウェンリーです。本シリーズには主人公が二人いると言っても過言ではありませんが、本巻ばかりはヤン・ウェンリーの巻だと言わざるを得ません。理由は既読の方には言わずもがなでしょう。本シリーズにおいては”後世の歴史家”という一歩引いた位置に語り手がいるのですが、だからこそ本巻のように主人公を死なせるエピソードが描けるわけです。それにしても、私が最初に銀英伝を読んだのは遠い昔のことですが、こうなることはそれまでの記述から明らかだったにもかかわらず、実際にページをめくってそれを目にしたときには相当なショックを受けたことを今でも覚えています。
 本巻では、ヤン艦隊がこれまでとは違い、同盟という後ろ盾を失った状態、すなわち不正規軍として帝国軍とあいまみえることになります。帝国、つまりはラインハルトという専制君主による国家秩序が確立されたなかでの民主主義を旗頭とした革命。帝国から見れば紛れもない反乱なわけです。一方で、かつてのフェザーンの生き残りであるルビンスキーや地球教徒によるテロ活動もまた帝国から見れば反乱です。どちらも反乱であり流血を引き起こすものでありながら、両者は明らかに異なるものとして描かれています。その境界はどこにあるのか? ヤン自身はテロを否定しています。しかしながら、自らが中心となっている民主主義を標榜した革命というものの正当性に確固たる自信を持っているわけでもありません。
 「くたばれ、皇帝!」とはよく言ったもので、民主主義には専制君主制のアンチテーゼとしての側面が非常に強いです。それ自体に意義がないわけではありません(ってかとても有意義です)。しかし、そこにしか意義がないとしたら、反対のための反対になってしまいます。そんなことのために名君ラインハルトを敵に回し幾多の人間の血を流してよいものなのか。”矛盾の人”と言われる所以でもありますが、それでも、彼は自らの行動にいくばくかの意義を模索し、そこに真実があることを願って戦うことを決意します。
 本巻はヤンとラインハルトと最後の戦いが描かれているので当然その戦いと、それから後の出来事に注目が集まりがちです。しかしながら、その前のヤンの思索にかなりの紙数が割かれていることを見過ごすわけにはいきません。ラインハルトという稀代の名君を相手にしているからこそ民主主義の意義と真価が問われます。この点、『三国志』をはじめとする既存の戦記ものとは明らかに一線を画しています。イデオロギー色を持ちながらもエンターテイメント的な面白さを高レベルで保っているところが銀英伝の凄さだと思います。
 『銀河英雄伝説』が最初に徳間書店から刊行されたのは1982年のことですが、国家への反乱というテーマで考えますと、70年代から80年代にかけての連合赤軍などによる共産主義*1を旗頭としたテロ活動・破壊活動というものにどうしても言及したくなってきます*2。そうした活動には反米などいろいろと大義はありましたけど、大枠では現行秩序、すなわち民主主義への反乱でした。一方、『銀英伝』は未来の銀河を舞台にした物語ではありますが、専制君主国家たる帝国と民主主義国家である同盟という対立が描かれるのみで共産主義といった他のイデオロギーは出てきません。おそらく意図的に排除されているのだと思えるくらいまったく出てきません。専制君主制対民主主義というシンプルな対立に徹しています。この愚直なまでのシンプルさが、私などには本シリーズに反・連合赤軍的なメッセージがあるように思えてなりません。民主主義の意義。主義のために戦うことの意義。歴史の意義と描かれるべき未来。本シリーズはあくまで架空歴史小説であって物語に過ぎないのですが、民主主義というテーマから読み解けばとても深遠かつ現代的な物語なのです。
【関連】
・プチ書評 正伝1巻 正伝2巻 正伝3巻 正伝4巻 正伝5巻 正伝6巻 正伝7巻 正伝9巻 正伝10巻 外伝1巻 外伝2巻 外伝3巻 外伝4巻 外伝5巻
プチ書評 銀英伝とライトノベル

*1:もっとも、彼らが掲げた共産主義を本当に共産主義といってよいものかどうかは激しく疑問ではありますが。

*2:私自身がそうした時代を生きていないからこそでしょうが。