『ベルカ、吠えないのか?』(古川日出男/文藝春秋)

ベルカ、吠えないのか?

ベルカ、吠えないのか?

 ベルカとは、スプートニク5号に載せられていた宇宙犬の名前です(参考:Wikipedia)。そのタイトルの通り、本書の中心はイヌです。しかも、個体としてのイヌの物語ではないのです。本書で描かれているのは、1943年から199X年までの”イヌ史”です。イヌという種のあり様を、ときに高くときに低い視点から描いています。試みとしては『虚航船団(書評)』『ゼウスガーデン衰亡史(プチ書評)』などとの共通性が感じられますが、それらが架空の歴史を描いたものであるのに対し、本書では実際の歴史を背景にイヌ史が描かれています。
 イヌの物語ではありますが、単純にイヌによる語りという手法を用いてはいません。人間を思わせる何者かが、その時々において中心となるイヌの名前を呼びかけ、そのイヌを”お前”と呼び表してイヌの言葉を引き出しています。まるで二人称小説であるかのような不思議な語りを用いることで読者とイヌとを共感させようとします。こうした語りは一見とてもテクニカルな手法のようではありますが、にもかかわらず割とスンナリと受け入れられます。それは、飼い主が飼い犬を相手に会話(しかも赤ちゃん言葉で)を始めちゃうような関係性の下地がイヌと人間の間にはあるからだと思います。そこで語られるイヌたちの言葉がホントのものとは限りません。”ごっこ遊び”の域を出ていないかもしれませんし、ってか、ぶっちゃけフィクションに決まっています。しかし、

これはフィクションだってあなたたちは言うだろう。
おれもそれは認めるだろう。でも、あなたたち、
この世にフィクション以外のなにがあると思ってるんだ?
(本書p6より)

つまり、そういうことです。
 「名前を呼びかける」と先述しましたがイヌに名前を付けるのは言うまでもなく人間です。イヌと人間は「名前」を通じて関係を持ちます。本書はイヌ史であるとともに人間史でもあります。人間史を人間の視点で語る場合には、国境や宗教・イデオロギーといった様々な制約が生じます。しかし、イヌにはそんなものは関係ありません。イヌ史を中心とすることで違った角度から人間史を見ることができます。そこが本書の魅力でもあります。
 古来より、イヌと人間は密接な関係を持ってきました。友としてペットとして、猟犬として、さらには盲導犬などの介助犬として。しかし、人間とイヌとの関係は正の側面ばかりではありません。本書で描かれるイヌと人間とのそれは、負の側面が強調されています。それは、人間史からは隠されがちなものでもあります。すなわち、軍用犬であり、実験のために宇宙に飛ばされる宇宙犬であり、そして麻薬犬です。イヌ史において語られるのは種の保存の歴史ですが、それと共に語られる人間史は縄張り争いの歴史です。戦争はもとより、冷戦を背景とした宇宙開発戦争しかり、犯罪もまたしかりです。人間の視点によらないイヌの視点からの物語は、血生臭いまでの”生”の物語です。それは非人間的・非理性的ではありますが、生命賛歌の真実でもあります。
 イヌの歴史、イヌから見た人間、イヌからみた人間の歴史。小説にはまだまだ可能性があるんだなぁということが感じられた一冊です。