『殺人者の空』(山野浩一/創元SF文庫)

殺人者の空 (山野浩一傑作選?) (創元SF文庫)

殺人者の空 (山野浩一傑作選?) (創元SF文庫)

 山野浩一傑作選IIと銘打たれた本書には、「メシメリ街道」「開放時間」「闇に星々」「Tと失踪者たち」「φ(ファイ)」「森の人々」「殺人者の空」「内宇宙の銀河」「ザ・クライム(The Crime)」の9編が収録されています。1965年(「闇に星々」)から1980年(「φ(ファイ)」「内宇宙の銀河」)発表の作品ということで、やはりIと同じくそこはかとなく時代を感じさせるものとなっています。ですが、そこがいいです。
 Iと比べると、本書にはSFの設定が用いられたSFらしい作品が多数収録されています。やはり本書にもIと同じく巻末の著者あとがきにて各作品についての批評がなされているのですが、せっかく読みましたので簡単な雑感を。
 「メシメリ街道」は、”要するに小さいことに疑問を持てば全てが不思議に思えてくる(本書p14より)”不条理小説。確かに条理だけでは成り立たない日常があるわけで、そういう意味では条理が空想を生み出しているのだといえます。「開放時間」は、「21世紀の夜明けは近い〜♪」などと21世紀音頭を踊っていたあの頃を思い起こすと(←歳がばれる)感慨もひとしおです。時間旅行の開放によって価値観が一変した世界において生き甲斐を見出す一人の男のお話です。「闇に星々」は、ボーイミーツガール、あるいは一般人ミーツ超能力者。「Tと失踪者たち」は人々が謎の失踪を続ける中で残り少なくなった人間たちが社会とのつながりを求めたり孤独と向き合ったりする姿を描いたサスペンス。「φ(ファイ)」とは空集合のことです。なるほど、確かに人間がデータの束として扱われるようになると、どこにも分類できない人間を空集合とするのはいかにもありそうなことです。「森の人々」は観察することが観察者に及ぼす影響をシンプルに描いたショートショート「殺人者の空」学生運動内ゲバによって内通者Kを殺害した”私”が、その後の警察の捜査などでKなる人物は存在しないことが明らかとなります。SFというよりも思弁小説(スペキュラティブ・フィクション)なのですが、当時の学生運動の思想や概念ばかりで地に足が着かなくなっている様子との相性のよさが抜群です。著者自身の評価がもっとも高い作品です。「内宇宙の銀河」は、いわゆるニュー・ウェーブと呼ばれる内省的・思弁的な方向へと向かう動きがSFにはあったわけですが、そんな内宇宙に向かう人々の様子を”丸くなる”というお世辞にもカッコいいとはいえない姿で描いている点がポイントでしょうか。精神と肉体の二元論ではなく両者の関係を精神病的な観点から捉えようとしている点も面白いです。また”痴呆症”という言葉が出ていることからも痴呆症(今でいう認知症)への問題提起も読み取れます。新型うつなどという現代病も生まれてますし、古くて新しい作品だと思います。「ザ・クライム(The Crime)」は、タイトルを見ればわかるとおり、山登り(Climb)と犯罪(Crime)とをかけた作品です。”登山家には評判のよくない作品(p379)”という著者あとがきで紹介されている言葉には「そりゃそうだろう」と納得せざるを得ません。
 サイエンス・フィクションというよりもスペキュラティブ・フィクションなので、昔の作品ならではの時代を感じさせつつも、それはそれとして、テーマ的な古さを感じることはありません。ただ、わかりやすい面白さというかエンタメ性に欠ける向きもあります。著者あとがきの言葉を借りれば、”読者との接点にさほど期待しなくなっている(本書p378より)*1”という面は確かにありますのでオススメしづらくはあるのですが、そんなに難渋というわけでもありません。興味のある方は是非。
【関連】『鳥はいまどこを飛ぶか』(山野浩一/創元SF文庫) - 三軒茶屋 別館

*1:「φ(ファイ)」についての批評です。