『天夢航海』(谷山由紀/ソノラマ文庫)

天夢航海 (ソノラマ文庫 (826))

天夢航海 (ソノラマ文庫 (826))


絶版本を投票で復刊!

 私は決してソノラマ文庫の熱心な読者ではありませんでしたが、そんな私なりにソノラマ文庫の傑作って何かなぁと考えたときに、本書を外すわけにはいきません。
 『天夢界紀行』という小説をめぐる連作短編集です。『天夢界紀行』は、天夢界という別の星にあるパラダイスからの迎えの船を地上で待つ人々の物語で、作者も出版社も知れず刊行ペースも不定期な謎の小冊子です。この冊子には天夢界行きのチケットが挟まっているものがあるという噂が地方の女子校でまことしやかに囁かれるようになります。そのことが多感な年頃の少女たちに様々な波紋を投げかけることになる、というようなお話です。
 いわゆる異世界ファンタジー、特にローファンタジーと呼ばれるものは、多かれ少なかれ現実逃避願望の具現化という側面があります。本書の場合はそこまでファンタジーじゃなくて、異世界に行くか行かないかという実に微妙なところで揺れ動いています。この微妙さが少女たちの心の繊細さととても相性が良いです。クラス内での居場所の作り方とか友人関係、恋愛、進路などに対しての苦悩が、『天夢界紀行』を切り口に、切なく細やかに、とても共感できるものに描かれています。全体として暗めのトーンの物語ですが読んだ後には前向きな気持ちにさせてくれる、とても不思議な物語です。9月末で解散となってしまう朝日ソノラマですが、電撃文庫を始めとする今のライトノベルの先駆者的な存在です。時代の流れについていけなかった感じは否めませんが、その反面、いつの時代の少年少女たちにも読み継がれていって欲しいと思う良質な正統派の作品もたくさんあったと思います。朝日新聞社に引き継がれるそのドサクサに紛れていくつか復刊して欲しいのがあるのですが、まあ無理でしょうね(苦笑)。
 天夢界に憧れる少女たちの姿が、『天夢航海』という本を読んでいる自分自身とに知らないうちに重なってしまいます。だからこそ、結果として天夢界へと行かずに現実へととどまることになる彼女たちに安心を覚えてしまうのは、読者として心が弱すぎるという自覚はあります。しかし、だからこそ読む価値のある本だと思います。ここではないどこかではなく、確かにそこにある現実の大切さを教えてくれるのが本書の魅力です。
 「ここより他の場所」が第一話ですが、もともと連載の予定はなかったとのことで、この話は他よりも自己完結度が高いです。転校生の経験がある人には頷けるところが多々あろうかと思います。「めざめ【光をあつめて】」は、あ〜〜。分かっちゃうのが困ります(汗)。本書は内容的に過激なところは一切なくてどちらかと言えば童話風な雰囲気すらある名作ですが、こういうところがあるのでリアルの友人にオススメしたりするのは正直かなり危険だと思います。こういう本の話題を気兼ねなくできるのはネットだからこそです。ネットって今の私にとってはちょっとした「天夢界」みたいなものですね(笑)。「よみがえる種子」は白眉の出来だと思います。天夢界という設定も生きてるし、それでいて少女と老女との人生観の交錯と交流が、良くありがちなのとは違った結末を迎えます。幻想的だけどテーマ自体は生々しくて、そうしたところに想像力が否応なく刺激されて、読者にとても充実した読後感を与えてくれます。「いのり」は痛いですね。マリみての駄目なバージョンです(笑)。天夢界への憧れも度を過ぎると危険ですが、その反面、自分の世界に籠り過ぎるのも危険です。月並みですが、何事も程ほどが肝要ですね。「まわっていく流れ」は恋愛をテーマにしたものですが、人を好きになるのはどういうことか、とか女子校内での男女交際の扱われ方とかが描かれてます。恋愛話も一種の天夢界のようなものだと思いました。「交信【――そして、山へ】」は、連作の最後を飾るお話で、これまでの登場人物がでてきて、それぞれの天夢界を語り、それぞれの解決を見つけます。基本的に各話で完結しているので蛇足といえば蛇足なのですが、私は嫌いじゃないです。天夢界という共通項があるのに、それをキッカケにみんな仲良しになってめでたしめでたしにならないところがとても良いです。
 ちなみに、本書『天夢航海』や各話のタイトルは、すべてレスプリというアーティストのCDアルバムの収録曲のものが使われているそうです。私はどんな曲なのか全然知らないのですが、興味を持たれた方はイメージアルバム代わりにチェックなさってみてはいかがでしょうか?(笑)
天夢航海/ファー・ジャーニー

天夢航海/ファー・ジャーニー