しおんが指した”鬼殺し”とは?

 テレビアニメ『しおんの王』の放送時間がついに発表されました(公式サイト)。
 そんな『しおんの王』ですが連載の方もいよいよ羽仁名人対しおんの対局が始まり物語も佳境にさしかかっています。羽仁名人との対局に際し、先手となったしおんの指し手が注目されましたが、▲7六歩△3四歩に▲7七桂!
●基本図

 連載の方は現在ここまでですが、この▲7七桂はいわゆる『鬼殺し』と呼ばれる指し方です。私は友人宅でアフタヌーンを読んでたのですが、この展開を見て「プロ棋戦で鬼殺しはねーよな」と話したところ「鬼殺しって何?」と聞き返されてしまいました。その友人は将棋を全く知らないわけではないのですが、それでも鬼殺しという指し方は知りませんでした。言われてみれば、鬼殺しみたいなハメ手を解説している本はあるようでなかなかありません。
 鬼殺しとは古くから知られる奇襲戦法です(参考:Wikipedia)。一言で鬼殺しと言っても、本譜▲7七桂のあと△8四歩からいきなり▲6五桂と跳ねるものと、△8四歩▲7五歩△8五歩▲7八飛と力を溜めるものの2パターンあります。まずはいきなり▲6五桂と跳ねるパターンから解説します。
(以下、長々と)
●パターン1

 単騎の桂跳ねですが▲5三桂不成(金の両取り)の狙いがあるので後手は△6二銀と受けます。
●パターン1-(1)-a

 しかしこれが実は先手の思う壺なのです。以下、▲7五歩△6四歩▲2二角成△同銀▲5五角△3三銀▲6四角△5二金右▲7四歩△6三金▲7八飛△6四金▲7三歩成△同桂▲同桂成△同銀▲同飛成
●パターン1-(1)-b

 これが鬼殺し大成功の局面ですが、飛角桂で7筋を集中的に攻めて突破してしまいます。こうなってしまっては後手はどうしようもありません。一体何が悪かったのでしょう。鬼殺しの受け方として知られているのが、後手が△6二銀としたところを△6二金とする手です。
●パターン1-(2)-a

 この金上がりは形の悪い手なので知らないとなかなか指せません(だからこそハメ手と呼ばれているのですが)。この△6二金に対して鬼殺し側が同じように攻めてきたらどうなるのでしょうか。
 △6二金以下、▲7五歩△6四歩▲2二角成△同銀▲5五角△6三金!
●パターン1-(2)-b

 この△6三金が自慢の一手です。金が上がることで6四の歩を守りつつ飛車道を通して2二の銀も守っています。さらに金なので▲5三桂成も防いでいます。まさに一石二鳥ならぬ三鳥の手なのです。かくして鬼殺しはあっけなく退治されてしまいました。
 次は力を溜める鬼殺しの指し方について考えてみましょう。
●パターン2基本図

 あらかじめ飛車を7筋に振ることで7筋への殺到がさらに力強いものになっています。この局面での後手の指し方として、(1)△8六歩、(2)6二銀、(3)6四歩、(4)6二金、の4つが考えられます。順に見ていきましょう。
(1)△8六歩の場合
 パターン2基本図以下、△8六歩▲同歩△同飛▲6五桂△6二銀▲2二角成△同銀▲7七角(パターン2-(1))
●パターン2-(1)

 飛車銀両取りで一気に敗勢です。鬼殺しに限らず、角頭を守らない振り飛車の指し方にはこうした罠が仕掛けてある場合が多いです。居飛車党としてはついつい飛車先の歩は突いてしまいたくなりますが用心しなければなりません。
(2)△6二銀の場合
 パターン2基本図以下、△6二銀▲6五桂△6四歩▲2二角成△同銀▲5五角△3三銀▲6四角△4二玉▲7四歩△7二金▲7三歩成△同桂▲同桂成△同銀▲4六角(パターン2-(2))
●パターン2-(2)

 この△6二銀の変化は上述のパターン1で△6二銀としたのと非常に似通った進行になります。パターン1だと△5二金右として5三への桂の進入を防ぎましたが、本譜のように△4二玉でそれを防いだとしてもやはり7筋へ殺到されると受け切れません。2-(2)図は、次に▲7三歩や▲6五桂といった攻めを見せられており、後手にはそれらを防ぐ適当な受けがありません。なお、▲4六角と引いたところで▲7三角成と殺到したくなりますが、それだと▲7三角成△同金▲同飛成のあとに△9五角! と王手飛車取りを喰らってしまうので注意が必要です。
(3)△6四歩の場合
 △6四歩は鬼殺し特有の桂跳ねを阻止する手です。これに対しては、△6四歩▲4八玉(様子見と後の王手飛車を避けた手)△8六歩▲同歩△同飛▲6五桂(!)△同歩▲7四歩△同歩▲2二角成△同銀▲9五角(パターン2-(3))
●パターン2−(3)

 桂馬を無理やり捌いてからの王手飛車です。鬼殺しにはこのような罠が随所に仕掛けられてますから相手をするのには注意が必要です。ただし、この△6四歩の受け方はきちんと指せば鬼殺しを封殺できると私は思ってます。途中▲7四歩に対して△同歩と応じてしまうと王手飛車が生じます。ですから、▲7四歩には△8九飛成とし、▲7三歩成には△7二歩として冷静に対処すれば後手が良くなると思います。
△(4)6二金の場合
 パターン1のときと同じですが、鬼殺しにはこの△6二金が有効だとされています。△6二金以下、▲6五桂△6四歩▲2二角成△同銀▲5五角△6三金(パターン2-(4))
●パターン2-(4)

 パターン1と同じく、△6二金〜△6三金で鬼殺しは封殺できます。とりあえず6二金としておけば鬼殺し対策はばっちりのようですが、知らないとこうは指せないのでやはり恐ろしいです。ってか、知ってても指しにくいです。何か他の対策があるのだったらそっちを選びたいです。
 そもそも、6二の地点にはホントは金ではなく銀が上がるのが形です。△6二銀は私の持ってる本だと鬼殺しの術中にはまる受け方だとされています。しかし、鬼殺しについて今回ネットでいろいろ調べてみたところ、△6二銀でも受けることが可能という記述は見受けられるのですが、具体的な手順までは分からなかったので今回は見送りました。どなたかご存知の方がいらっしゃいましたらご教示いただければ幸いです。
 いずれにしても、こんな見え見えの攻めが上手くいくはずもないのでプロの実戦でお目にかかることはまずありません。ましてや名人相手にこんな手を指したら短手数でフルボッコにされるのが実際のところでしょう。ま、”鬼殺し”という単語のインパクトは確かに捨て難いので、漫画で採用したくなる気持ちも分からなくもないですけどね。
 そんなわけで、「プロ棋戦で鬼殺しはねーだろ」とは思いますが、初級者同士の対局でしたらぜひ一度指してみることをオススメします。確かにハメ手ではありますが、攻めのエッセンスが多数含まれていますのでこれで結構勉強になります。それに、少々短絡的とはいえ勝つことで覚える面白さというのはあります。私自身、覚えたてのころにこの”鬼殺し”を指して、大人気なく連戦連勝で大笑いという微笑ましい思い出があります。あまりに簡単に勝ちすぎちゃうので終いには相手に受け方を教えてあげちゃいましたが、勉強が勝敗に直結するということを知るのにも鬼殺しは面白い教材です。また、”鬼殺し”そのものは正しく指されると成立しない指し方なのですが、その攻め筋は新・早石田といった指し方にも応用が利きますので、勉強しても決して無駄になることはないでしょう。
 それにしても、『しおんの王』の方は今後どのように展開するのでしょうか。まさかしおんが早々にフルボッコされるということもないと思うのですが……。
【参考文献】

将棋奇襲〈2〉新鬼殺し戦法 (MAN TO MAN BOOKS)

将棋奇襲〈2〉新鬼殺し戦法 (MAN TO MAN BOOKS)