『ずっとお城で暮らしてる』(シャーリイ・ジャクスン/創元推理文庫)

ずっとお城で暮らしてる (創元推理文庫)

ずっとお城で暮らしてる (創元推理文庫)

 立派なお屋敷で暮らすメアリとコンスタンスの姉妹。他の家族は6年前の毒殺事件で亡くなっており、その容疑は料理をした姉のコンスタンスにかけられていましたが無罪となり真相は以前謎のまま。犯人扱いされたコンスタンスは屋敷から出られなくなり、妹のメアリは姉の代わりに週に二度、村に食料品とかを買いにでかけては村人たちの悪意を一身に受ける。そんな暮らしをしている姉妹のもとに従兄を名乗る若い男が現れて……というお話です。
 桜庭一樹の一言が発端となって復刊が決まり、本書の解説も桜庭一樹が書いてるということで、桜庭作品との比較を意識しないわけにはいきません。桜庭一樹の作品も狭い町やお屋敷の内部など、ある種の閉塞状況を舞台にしていることが多いので、本書についての桜庭解説は自作の解説としての側面も備えています。桜庭作品の中で本書に一番近い雰囲気を持っているのは、ある意味正反対の展開と結末を迎えるという意味で『推定少女』じゃないかと思います。興味のある方は読み比べてみるのも面白いでしょう。。
 それはさておき、本書はホラー・恐怖小説です。そこで描かれているのは超常現象のような未知のものへの恐怖、あるいは生理的な嫌悪感とかではありません。メアリという少女の視点から語られる人間心理の脆さと危うさと恐ろしさです。屋敷に住んでいるのはメアリとコンスタンスの姉妹、それに伯父のジュリアンの3人です。まず語り手であるメアリが普通ではありません。18才という年齢らしからぬ幼い言動に奇妙な行動。だからといってまったく感情移入できないのかといえばそうでもなくて、彼女の抱える心の弱さと悪意は、無邪気さとあいまって読者の心に薄ら寒い思いを抱かせます。ジュリアンは過去の事件で砒素入りの料理を口にしてしまい、一命は取り留めましたが体調を崩し精神にも異常をきたしています。姉のコンスタンスはそんなメアリとコンスタンスの世話をしていますが、犯人扱いを受けた後遺症で屋敷から一歩も出ることができません。
 その他にも、村人たちが姉妹に向ける悪意は個々人のものもさることながら集団心理としての悪意も描かれています。閉鎖的な屋敷内の生活に変化をもたらすキッカケとなった来訪者・従兄チャールズの心理もまたコンスタンスにとっては善意に満ちたものに見えたのでしょうが、その実、財産目当てという隠された悪意があります。様々な狂気と悪意とが幾層にも折り重なって嫌なハーモニーを奏でています。
 そうした人間心理というものが、信用できない語り手であるメアリの視点から描かれているために、読者としてはすんなりと受け入れられなくて、読者の心を惑わせます。メアリに接しようとする人々の本音を読者は手探りで感じ取らなくてなりません。そうした読者の試みとは裏腹に、メアリは善意を悪意に解釈してしまい悪意は悪意のまま敏感に反応してしまいます。そんな負のスパイラルは心の弱さゆえなのでしょうが、それが恐怖の源泉だとすればやり切れない思いでいっぱいです。おそらくそれは誰しもが抱えているものでしょうから。そうしたメアリの弱さを弱さとして読者は自覚できるにもかかわらず、そこから生まれてくる狂気から逃れることができません。この物語の結末を読者はいったいどのように理解すればよいのでしょうか?
 まだまだ残暑の厳しい時節柄、本書のような恐怖小説を読んで寒々しい思いをするのもまた一興でしょう。
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