『銀河英雄伝説4 策謀篇』(田中芳樹/創元SF文庫)

銀河英雄伝説〈4〉策謀篇 (創元SF文庫)

銀河英雄伝説〈4〉策謀篇 (創元SF文庫)

 本書巻末の解説にもあるように、『銀英伝』という物語は現在進行形の出来事ではなくある時点からの過去の出来事として語られます。ときには、作中だとまだ発生していない出来事についての言及がなされることもあり、そうした記述から読者は作中の人物よりも先に作中で発生するであろう出来事とその結末を知らされることがあります。それにもう20年以上も前に完結しているシリーズですからネタバレし放題で語っちゃってもいいかなぁ、と思うのですが、まあネタバレなしで頑張る……つもりでしたが、結果として無理だったので(ケッセルリンクのくだりとか)、以下既読者限定でお願いします。
 今回は副題に”策謀篇”とあるように、策略と陰謀がテーマです。次の巻への”溜め”の要素が強いのですが、それでもヤン対ロイエンタール、さらにはシェーンコップ対ロイエンタールといった、(私も含めて)血の気の多いファンが喜ぶ展開もちゃんと用意されているのはさすがです。
 『銀英伝』は帝国と同盟とフェザーンの三つの国家間の対立を描いた物語ですが、これまでは第一勢力の帝国と第二勢力である同盟との関係と戦いとが主でした。しかし、帝国内におけるラインハルトの台頭によって帝国の勢力は一気に強大なものとなり、他方で同盟はその戦力を著しく低下させました。そうした中にあって、第三勢力であるフェザーンはどう動くのか? 本書で繰り広げられる策略と陰謀の発端となるのはフェザーンです。
 作中、ヤンは彼は正統的な歴史学派の末端につらなりそこねた身として、”陰謀史観”など排したいと思う。一部少数者の陰謀や策略だけで歴史が方向づけられるはずがない。歴史とはそのようなものではないはずだ。(本書p142より)と考えます。しかし、実際はフェザーンの策謀とされを更に上回らんとするラインハルトの策謀によって、歴史の流れは一気に加速していきます。そもそも、『銀英伝』という物語自体がラインハルトという一個人によって綴られた歴史物語だと言っても過言ではありません。そうした中にあって陰謀史観(参考:Wikipedia)を否定することにどのような意味があるのか? 陰謀とは何か? そもそも歴史とはいったい何なのか? 仮想歴史小説として稀代の傑作として知られる本シリーズであっても、それには答えてくれません。だからこそ歴史というものは、ときには小説として、さらには本シリーズのように仮想歴史のかたちをとって様々に語られていくものなのでしょう。
 まったく、世の中には、未発に終わる計画や構想がどれほど多く存在することか。ひとつの事実は、それに一〇〇〇倍する可能性の屍の上に生き残っている(本書p276より)とはやはりヤンの述懐ですが、そうした屍の体現者となってしまっているのがルパート・ケッセルリンクです。ケッセルリンクの死は、陰謀史観に対する著者なりに答えなのではないかと思いますが、それにしてもあっさりとしたもので、個人的には印象に残る死のひとつです。3巻から登場人物欄に”墓誌”という項目が追加されているのですが、いったいどれだけのキャラがこの項目に名を連ねることになってしまうのでしょうか?(笑)
 戦争における政治と戦略と戦術との関係が描かれているのが『銀英伝』の特色ですが、基本的には戦略に重きが置かれてて、政治と戦術は従的なものに過ぎないのでしょうね。そうした中で、この巻では政治・政略に力点が置かれています。本音を言いますと結果はともかくとしてフェザーンには陰謀・策略面でもう少しドロドロと頑張って欲しかった、というのが私の好みからの思いだったりしますが(笑)、それでも、三国関係において第一勢力と第二勢力間に大きな力の差が生まれてしまった場合における第三勢力の身の処し方の難しさというのはそれなりに描かれていて面白いのは確かです。
 ラインハルトが宇宙を手に入れるためについに発動した作戦に与えられた名前が”神々の黄昏(参考:Wikipedia)”というがのまた心憎いです。『銀英伝』は確かに実際の歴史や神話などに元ネタを求めたものが多く、そうした点を本シリーズの欠点として揶揄する向きもときどき見受けられますが、こうした用語を使って読者に何とも言えないインパクトを与えることができるのは元ネタがあればこそでしょう。神々の黄昏・ラグナロク北欧神話における神話の崩壊。それは単に同盟とフェザーンの崩壊のみならず、北欧神話を文化的背景としている帝国自身の崩壊までも意味します。さらに、銀河の新たな秩序の創造すらも予感させつつ、ラインハルト自身の破壊衝動をも象徴している言葉です。こういう言葉は作り物の中からはなかなか生まれてきません。『銀英伝』という物語はSF的ガジェットにしろそうした元ネタにしろ、確かに細かくみたときには独創性に欠けるアイデアの集大成であることは否定できません。しかし、それにはそうするだけの理由がありますし、とても効果的に用いられています。”神々の黄昏”という作戦名はそうしたことを如実に表しているものだと言えます。いや、単純にカッコいいんですけどね(笑)。
 そんなわけでついに始まった”神々の黄昏”。帝国と同盟の運命を賭けた一戦の行方は如何に?! 待て次巻!!(創元SF文庫版の2ヶ月ごとの刊行ペースは鬼だと思う・笑)
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